第32話 微笑み合う二人の、すれ違う未来予想図
母が完治してから半年経った。寝たきりで落ちていた筋力も戻り、普通の生活をしても問題ないほどに体力が回復していた。
「レティシア、本当にお父様を断罪する気なの?」
リュシアンと話していた計画が、扉を一枚隔てた向こう側にいた母にははっきりと聞こえていたのだろう、戸惑いを見せながらも私に聞いてきた。
「ええ。私はあの男……お父様を絶対に許せない。お母様があれほど国に貢献されてきたのに、自分は何一つせず、慈悲深いお母様を傷つけるなんて……!」
「まあ……。わたくしのために怒ってくれているのね。ありがとう、レティシア。でも――」
「分かっているわ。お母様は赦しなさいとおっしゃるのでしょう? あれから四年も経っているのに、あの男は私たちに攻撃の手を緩めなかったわ。アルがいなければ、私もお母様も……」
「……そうね、レティシア。あなたの大事な時間を無駄にさせてしまったわね」
「ち、違うわ、お母様! 無駄だとは思っていないわ。ここでの生活をすることで、民たちの苦労や思いが理解できたから。それに、楽しく生きていたと思う。皆がいたから寂しくなかった……と言えば嘘になるけれど、少しは気が紛れたのも本当だもの」
「……レティシア。強く、逞しく成長してくれて嬉しいわ。あなたが思うように進めたら良いわ。わたくしはあなたがいなかったら、おそらく今も眠り続けていたでしょう。公爵家を取り戻すというのなら、次世代のあなたが決めるべきなのかもしれないわね」
「……お母様。もし、公爵家を取り戻すことができたなら、その時はお母様に引き受けていただきたいの。私には、やるべきことがあるから……」
「国政に関わる気なの?」
「そこまでは決めていません。でも、公爵家の枠に収まっているだけでは、この国を根本から変えることはできないと気づいたの」
「ええ、そうね。あなたも半年後には成人の仲間入り。わたくしの目が黒いうちは、自分の思うように生きてみると良いわ」
「……ありがとうございます、お母様。私はお母様のような素晴らしい真の貴族でありたい。国のために……いえ、民のために生きられたらと思います」
「――愛しているわ、レティシア」
母の、優しく微笑む慈愛に満ちた表情に見惚れていると、扉をノックする音が聞こえた。「失礼するよ」と入って来たのはリュシアンだった。
「王国の太陽へ――」
母が深々と頭を下げて挨拶を口にしようとすると、リュシアンが苦笑まじりにそれを遮った。
「エレオノーラ様、挨拶は簡潔にとお願いしましたよね」
「ですが……」
王太子であるリュシアンに、どうしても気軽に接することのできない母に代わって、いつも通りの挨拶を交わす。
「ごきげんよう、リュシー。今日はどうしたのかしら」
相変わらず母が浮かべる『不敬だわ!』という表情は見なかったことにして、さっさと話を進める。母が立てるようになってからの半年、ほぼ毎日訪れている彼に、いい加減慣れてほしいと思う。
「ああ、半年後に行われる君のデビュタントのドレスに合わせたアクセサリーを用意したいから好みを聞こうと思ってね」
「アクセサリー、ですか? おそらく叔母様が決めてくださるかと……」
「先日会って来たよ。アクセサリーはどうするのかと聞いたらまだ決めていないというから、私が選びたいと頼んだのさ。そしたら快く『お願いします』と言ってくれたよ」
私のデビュタントのため、と彼は言うけれど……。きっとこれは、五年ぶりに表舞台へ姿を現すお母様の見た目や、公爵家としての威厳を保つために、私にもそれに見合った最高級の宝石が必要だと、彼なりに配慮してくれたに違いないわ。
自分のためだけなら遠慮するところだけれど、お母様のためになるのなら、ありがたい心遣いよね。
「リュシー、ありがとう。お母様の晴れ姿を見られる当日が、とても楽しみだわ」
「くくく、レティは相変わらずだね。そうだね、楽しみにしておいておくれ」
楽しそうに笑うリュシアンに、母が穏やかに話しかけた。
「リュシアン様。レティシアは頑ななところがありますけれど、どうかあの子を支えてやってくださいね」
「言われずとも、そのつもりです。私は彼女の『すべて』を預かる覚悟でここにいますから。公爵家を立て直したその先には、彼女を私の籍へ迎え入れるための、最大の『計画』も控えておりますので」
にやりと黒い笑みを浮かべるリュシアンに、なぜか背中がゾクリとするような寒さを感じた。しかし、それを聞いた母は、ぱあっと表情を明るくさせ、楽しそうに声を弾ませて答えていた。
「まあ……! それはとても頼もしい計画ですこと。楽しみにしていますわ」
ああ、もしかして、その『計画』を遂行するために、私にも何か役目を与えてくれるのかしら。
「え? 私の籍? リュシアン、私をどこかの役職に推薦してくれる予定でもあるの?」
二人は顔を見合わせて、ニコニコと微笑み合っている。困った顔でリュシアンを見つめると、彼はとびきりの優しい笑顔で答えてくれた。
「ああ、そうだね。君の望む未来と、私が望む未来は、とても近いと思うんだ。だから、君が私の側にいてくれると助かるよ」
「そうなのね。分かったわ。私にできることなら頑張るわね。分からないことばかりかもしれないけれど……。また、前のように勉強を教えてくれると助かるわ」
「もちろんさ。君の勤勉なところもとても評価しているんだ。期待しているよ」
嬉しそうに微笑む二人に、「期待している」という言葉の心地良さだけに浮かれていた私は、半年後に目玉が飛び出るほど驚くことになるのだった。




