第30話 舞台裏の喜劇
この部屋は、公爵家にいてはいけない人物、オズワルドの部屋だった。
私は侍女として潜入しているスザンナ。今はオズワルドの部屋でお茶汲みをしていた。
今日のオズワルドはずっとブツブツ言っていて気持ちが悪い。顔もニヤついているから、余計に近寄りたくなかった。
「アイツに金を稼がせて、借りていた分を返してこよう。あの男、馬鹿にしやがって。『どうせ返せないんだろ?』なんてふざけてやがる! 私が本気を出したらどうなるか教えてやらねば!」
公爵家の経営が上手くできないくせに、この男は執事や家令など、この家を良く知る者たちを辞めさせてしまったのだ。後先を考えられない不出来な人間だと分かっているから、まあ扱いやすくはあるけれど。
「思っていたより簡単に脱獄させられたからな。あいつがレティシアを連れて来れば、万事解決するんだ。果報は寝て待つとしよう。ガッハッハ――!」
ガストンが脱獄できたのも、スラム街に訪れることができたのも、アルフォンス様と王太子殿下のお力添えがあったからこそ。そんなことも知らない馬鹿な男は、自分に前科が増えたことにも気づかずにソファに移動して横になった。
これでもまだ足りない。もっと大きな罪を重ねてもらいたいわね。そんなことを考えていると、オズワルドに声をかけられた。
「ああ、スザンナ。来客があれば、誰であってもすぐに私に伝えに来るように。分かったな?」
「かしこまりました」
寝るのであれば、探れるものも無いだろう。部屋の中は、この男がいない間に調べ尽くしてあるからだ。私は下がるための準備を始める。
「本当にお前は使える人間だな。言わずとも行動できるとは。これからも私の周りの世話は任せたぞ」
「ありがたきお言葉。それでは失礼いたします」
無駄な動き一つせず、心の中では舌を出しながら、私はその足で下女たちのいる洗濯場へ向かった。この時間ならば洗濯場で愚痴を言っているはずだ。
「あら、スザンナ! 大丈夫? 大変だろうけど、いつもありがとうね」
「本当にね。スザンナが来てくれてから、ようやく公爵様の態度が落ち着いたって、侍女長も褒めていたわよ」
「……あの人は公爵代理でしょう? 正当な権利をお持ちではないはずですけれど……」
あえて爆弾発言をして下女たちを慌てさせる。ここは公爵家の情報を集めるのに都合が良いのだ。ついうっかり出てしまった言葉こそが、時に鋭い正論だったりもする。
「駄目よ、スザンナ! それは皆分かっているわ。権利をお持ちなのはエレオノーラ様の血筋。だから、レティシアお嬢様しかいらっしゃらないはずなのよね」
頷きながら悲しそうに話すのは、レティシア様の乳母をしていた優しそうなご夫人だ。先日、軽く挨拶を交わした。
「旦那様は亡くなったとおっしゃっていたけれど、無事に過ごされていることを毎晩祈っているのよ」
夫人と一緒に頷いている隣の下女に目を向ける。こちらは見慣れない顔だ。
(この人は初対面ね。情報をもらいましょうか。)
「あなたは昔から公爵家に?」
「ええ。この前まではキッチンで働いていたんだけれど、辞めさせられたでしょう? もしかして、下女なら雇ってもらえるかもって思って。まさか受かるとは思わなかったけれどね」
「……本当に? なぜ辞めさせる必要があったのか理解に苦しみますわ。本末転倒ではなくて?」
「そこまで賢い人じゃ……こほん。働く場所に困らなくて良かったとしか言えないわね」
「でも、借金があるのでしょう? お給金、ちゃんともらえるのかしら……」
わざと不安を煽る。聞かれたら答える。その代わり、私が聞いたことにも答えてもらう。だからこそ、簡単に情報が得られるのだ。
「ねえ、スザンナ。それは本当なの?」
「ええ。さっきまでお部屋の掃除をしていたのですけれど、レティシアお嬢様がお帰りになったら、お金を稼がせて借金を返しに行くとおっしゃっていたわ」
「まあ……。次の仕事先を考えるべきなのかしら」
「また何か分かったらお伝えしますね。私、そろそろ戻らないと」
「ありがとう、スザンナ! あなたがいてくれて良かったわ」
私はその場を離れると、自分の部屋へ向かった。ここには味方になってくれる女性たちも多い。私にとっては思っていたより快適で、スムーズに間諜として働けている。
オズワルドの気持ち悪い独り言から必要な文言を拾い上げ、アルフォンス様に報告する準備を進める。
「公爵家のお茶汲みも、案外悪くない職場ですね」
私は微笑みながら、我が主への報告書を綴るのだった。




