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ひっそりと民を救うのは、追放された真の貴族でした ―王太子の病を請け負った母娘の物語―  作者: 月城 蓮桜音


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第28話 理想の王族と、胸の痛み

 リュシアンの後ろに控えていた警邏隊が、手際よくガストンを縛り上げた。彼はまだ気を失ったままだったが、泥袋のように手荒く扱われ、容赦なく縄をかけられていくのを見て、私の胸の奥は少しだけスカッとしたのだった。

 

「レティシア、ガストンは一旦馬車で城へ送るよ。今後の詳しい話は中でしよう。――さすがに、ここはギャラリーが多すぎる」

 

 リュシアンに言われてハッと周りを見渡すと、いつの間に集まったのか、たくさんのスラムの野次馬が遠巻きに私たちを囲んでいた。

 

「……まあ、本当ね。気がつかなかったわ。リュシー、アル、ひとまず治療院へ戻りましょう」

 

 私は地上から来た道を戻ることにした。さすがにスラムの地下へ続く秘密の入り口から、一国の王族を這い出させるわけにもいかないものね。

 

 治療院の古びた扉をくぐった途端、緊張の糸が切れたのか、疲れが一気に押し寄せてきたようだった。ただ逃げて様子を見ていただけなのに、おかしいわねと思いつつも、私はキッチンで冷たい水を一気に飲み干してどうにか落ち着きを取り戻した。

 

「リュシーもアルも、そこに座っていてくれる? すぐにお茶を出すわね」

 

 私は心を落ち着かせるように三人分のハーブティーを用意すると、彼らが待つテーブルへと戻った。アルがすぐに立ち上がり、私の手からトレイを受け取ってくれる。

 

「それで……今後の話よね?」

 

 席につき、本題を切り出す。リュシアンは上品に温かいカップに口を付けたあと、悪戯っぽく目を細めた。

 

「ああ。こうなることは最初から分かっていたからね。ガストンは城にある、外部の人間が絶対に面会できない地下牢に入れる手筈になっているよ。あの男――オズワルドを裏切り、ガストンが()()()()()()()ということにして、しばらく泳がせながらオズワルドの行動を監視しようと思ってね」

 

「もしかして……来年に行われる、私のデビュタントで断罪するために、わざと時間を引き延ばそうとしているの?」

 

 私の問いかけに、リュシアンはくくっと喉を鳴らして笑った。

 

「半分は正解。デビュタントという最も華やかな舞台で全てを終わらせたい、というのは私の本音さ。だけどね、今の段階ではまだ時期が早すぎるんだ。君の母上であるエレオノーラ様も、まだ万全ではないだろう? 今あの男を地に叩き落としたところで、アストレア公爵家をすぐに任せられる人間がいないじゃないか」

 

「あっ……」

 

 母が働けるようになるまでの間、誰かが代わりを務めなければならない。しかし、現時点で公爵家の仕事を頼める人間はいない。私が成人していれば可能ではあるが、それまであと一年もあるのだ。リュシアンに言われてからようやく気づいた私は、小さく息を呑んだ。

 

「君がデビュタントを迎えた後であれば、最悪の事態になっても、レティシアが公爵の代理として表舞台に立つこともできるからね」

 

 こうなることが分かっていたとはいえ、数年先のことまで完璧に読んで行動するなんて、さすがは国の未来を背負う王太子だ。たまに見せる、あの自信満々なドヤ顔にはちょっとイラッとするけれど、その有能さは認めざるを得ない。

 

「ありがとう、リュシー。お母様の居場所を……私たちの、アストレアを守ってくれて」

 

 心からの感謝を伝えると、リュシアンはふっと優しい笑みを浮かべ、真面目な声で言った。

 

「お礼を言われるまでもないよ。アストレア公爵家は建国からの忠臣として有名だからね。いつも国を支えてくれる忠臣が困っているときに、助けてあげることすらできなくては、王家の存在意義がないからさ」

 

 自分が王族であることを正しく理解し、冷徹かつ慈悲深く行動できる彼が王太子で、本当に良かったと思う。私たち貴族は、国のために生きることが当たり前なのだから、尽くすべき王族には正しく立派な政治をしてほしいと思うのは当然のことだ。

 

「ええ。母も私も、レガリア王国の王族に、絶対の忠誠を誓っているわ」

 

「もちろん知っているさ。ありがとう、レティシア」

 

 リュシアンが満足そうに微笑む。

 

 ――ああ、そうよね。彼がこんなに毎日のように危ないスラム街を訪れて、私たちが困っていれば手を差し伸べてくれるのは、国に忠誠を誓った優秀な『アストレア公爵家』を保護するため……。

 

 頭では完全に納得しているはずなのに。その言葉を聞いた瞬間、なぜか私の胸の奥が、ちくりと針で刺されたように痛んだ気がしたのだった。

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