第27話 罪を犯したのは誰?
ある晴れた昼下がり、スラム街の地下から大声が聞こえてきた。
「姉ちゃん、逃げて――!」
「この野郎、スラムから出て行け――!」
「お嬢様、ガストンです! 急ぎ逃げましょう!」
「ええ? ガストンは牢獄に入れられてるって聞いたわよ?」
そう文句を言いながらも、お母様の部屋の扉をしっかり閉めたのを確認して逃げる。お母様には、この治療院で起こった出来事が、朦朧とした意識の中でもある程度は聞こえていたらしい。
だから今後、何かあったらこの母の部屋の扉をしっかりと閉めて、私は素早く逃げるようにと約束を交わしていたのだ。
「ふう。あら? 追いかけて来ないわね」
「……もしかすると、スラムの者たちがやっつけてしまったのではないでしょうか」
「……そうね、可能性はあるわね。皆元気だもの」
あれから四年も経っているのだ。幼かった子供たちも、随分と大きくなった。ジョンやルイージもすくすくと育ち、今では力仕事も軽々とこなしてくれる。
「……まさか、リュシーが言っていた『父の犯罪』って、これだったりするんじゃない?」
「脱獄の手伝いですか? そんなの不可能でしょう。王城の堅固な牢獄ですぞ?」
「不可能を斜め上の方法で可能にしちゃうのがリュシーじゃない」
「……絶対に違うとは言い切れないと言いますか、あの殿下ですから否定が難しいですな」
「でしょう? 私に被害が出ないように考えてくれているとは思うけれどね」
「しかし、これは警邏隊を呼ぶべき案件ですな……」
「おそらく、すでに呼んであるんでしょうから、私たちは大人しく物陰に潜んでいるべきなのでしょうけれど……。それにしても、あっちの地下への入り口、随分と騒がしいわね」
大人しくしているつもりだったけれど、地下から響いてくるドタバタという鈍い音と、「うわっ!」「こいつ、しぶといぞ!」というルイージたちの若い声を聞いていると、どうしてもじっとしていられなくなる。
「お嬢様、まさか覗きに行くおつもりですか?」
「ちょっと様子を見るだけよ。危なくなったらすぐ逃げるわ。ねえジイ、せっかくだから覗いてみましょうよ」
「はあ、お嬢様ならそう言うと思いましたよ。お供いたします」
ジイに呆れ顔をされながらも、私たちは地上を少し遠回りして、スラムに複数ある入り口の中から、声のする地下通路の付近へと足音を忍ばせて移動した。
建物の角からこっそりと覗くと――そこには、私の予想を遥かに超えた光景が広がっていた。
「ぐはっ……! な、なんだお前たちは……! ガキと女しかいないと聞いたぞ……っ!」
「へへん! いつまでも昔のままだと思うなよ!」
路上に転がっていたのは、泥と血で汚れた囚人服をまとい、見る影もなくボコボコにされて地面にのされているガストンの姿だった。
そのガストンを囲むように、木剣や鉄パイプを手にしたジョンやルイージたちが、勝ち誇った顔で仁王立ちしている。
「レティ姉ちゃん、大丈夫!? こいつ、地下の秘密ルートから急に襲ってきたんだ!」
私に気づいたルイージが、自慢げに胸を張って声をかけてくる。四年で逞しく育ったスラムの若者たちにとって、かつての悪徳役人一人を制圧するなんてお手の物だったらしい。
「みんな、怪我はない? ……それにしても、どうしてガストンがここに?」
私が気絶しかけているガストンを見下ろして首を傾げた、そのときだった。人混みの後ろの方から、パチパチと場違いなほど優雅な拍手の音が響いてきた。
「ジョン、ルイージ、実に見事な連携だ。予定通り、完璧な仕事をしてくれたね」
暗闇からぬっと姿を現したのは、この状況をすべて楽しんでいたかのような、勝ち誇ったような笑みを浮かべたリュシアンだった。その背後には、苦笑いするマクシミリアン様と、鋭い眼光でガストンを睨みつけるアルフォンスの姿もある。
「……やっぱり、リュシーの仕業だったのね?」
私がジト目を向けると、王太子殿下は最高に腹黒く、そして最高に甘美な笑みを浮かべたのだった。




