第25話 手綱を引く共犯者
猛威を振るった『猩紅熱』が落ち着き、やっとスラムは日常を取り戻していた。
私もしっかり休んだことで魔力は回復し、いつもと変わらぬ日常を送っていた。
そこへ現れたのは、珍しく疲れた顔を隠せていないリュシアンだった。スラムに氷嚢を届けたり、貴族に注意喚起したりと走り回ってくれたようだから、きっと大変だったのだろう。
「やあ、レティシア。元気になったみたいだね。本当に良かったよ」
「この度は、ご尽力くださり――」
「くくっ、口上なんていらないよ。一言、『ありがとう』で十分さ」
本当にこの人は……。今回は、『ありがとう』では済まないほど世話になったと分かっている。でも、この人はとても感謝されることを嫌がるのだろう。
「……ありがとう、リュシアン殿下」
「うん、それで良い。――それでね、今日は君に頼みがあって来たんだ」
頼み、なんて珍しいわね。だから疲れた顔でも来るしかなかったのかしら? それでも、私にも生活があるから、安請け合いするわけにもいかない。予防線を張っておきましょ。
「私にできることかしら」
「あー、できるというか、しないで欲しいというか? ……これ以上、あの男に構うな、と言ったらどうする?」
「……父のこと?」
「そう。君のお父上のことだよ。裏で探らせていたんだが、どうやら余罪がかなりあるようだ」
「余罪……」
「ああ。現時点の証拠で捕まえても、公爵への殺人未遂と公爵家の財産の横領ってところかな。それだけだと、数年謹慎するか、爵位を剥奪される程度で済んでしまうかもしれない」
リュシアンの言葉に、私の奥歯がギリ、と鳴った。
「君は、あの男を『地に叩き落としてやりたい』んだよね?」
「ええ、そうよ。あの男、お母様が亡くなったという嘘の報告を聞いたとき、喜んだのよ。『これで全部俺のものだ!』って。……あんな奴、絶対に許せるわけがないわ」
怒りで震える私の手を、リュシアンの穏やかな視線がそっと宥めるように包み込む。
「私も同感だ。だから、私を使ってくれ。君のお父上だから、私より君の方が詳しいだろう? どんな汚いことをしてそうだとか、何か見当がつくんじゃないかと思ってね」
「見当違いの可能性もあるわ」
「構わないさ。私の方では思いつかないようなことでも、調べる価値はあると思っている。そこから芋づる式に何かしら見つかるかもしれないからね」
「なるほどね。……思いつく限りの、あの男がやりそうな悪事を、全て書き留めたら良いのかしら?」
「言ってくれればマクシが書くよ。彼はこう見えて速記の天才なんだ」
「……あまり嬉しくない褒め方です、殿下」
ジトっとした目でリュシアンを睨むマクシミリアン様は、文句を言いながらも手際よく筆記具を取り出し、書く準備をしてくれていた。
「そうか? 特技があることは素晴らしいことだぞ」
「はいはい、分かりましたから。それではレティシア嬢、思いつく限り、あの男の不審な点を教えてください」
マクシ様の促しに頷き、私は記憶の底にある父の情報を洗いざらい吐き出していった。
ひと通り話し終えてホッと息を吐いたとき、ふと、前からの疑問が口をついて出た。
「そう言えば、アルはなぜ、あのとき私を助けに来られたのかしら? 確か、噂を聞いて……って言っていた気がしたけれど」
「ああ、それね。アルフォンスが前もって仕組んでいたようだ。君が公爵家を飛び出してスラムに向かった直後……君たち母娘が行方不明になったと分かってから、公爵家に侍女を潜入させて、ずっとあの男の動向を見張らせていたらしいよ」
「え……?」
思わぬ名前に、心臓がトクンと跳ねた。アルが、裏でそんなことを?
「君のお母上がいなくなってから、公爵家では大々的な人員の変更が行われたらしくてね。簡単に潜り込めたのだとアルフォンスが言っていた。おかげで、あの男がスラムに手出ししようとした動きをいち早く察知して、君を助けに走れたわけだ」
「……そんなに前から、私のために……」
「君を失うのが、よほど怖かったんだろうね。それにしても、警備は穴だらけだな。杜撰すぎる父親で助かったよ」
「本当にな。仮にも公爵家の人間だろうに。まあ、おかげでレティシア嬢が怪我をせずに済んだんだから良かったよな」
マクシミリアン様が呆れたように笑う。私は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、小さく息を吐いた。
「ええ、本当に。……でも、数年も泳がせていたら、あの男、さらに罪を重ねそうね。公爵家の誇りをこれ以上地に落とすような真似は、本当は止めてほしいのだけれど……」
「大丈夫さ。これは全て、あの男が勝手にやった暴挙。君たち母娘は被害者だ。当然、私たちの側には決定的な目撃者もいるから、何も心配いらない。数年後、あの男がこれ以上ない罪の山を築いたところで、一気に仕留めよう」
「……随分と準備が良いのね?」
「それはそうだろう。私から『断罪を待ってくれ』とお願いしているのだから、君の懸念は可能な限り減らすべきだろう」
「……そうね。ありがとう、と言っておくわ」
私を安心させるように悪戯っぽく笑う王太子を見つめる。
何となく、この有能な殿下の手のひらの上で転がされているような気もしたけれど。私たち母娘のために、そして私の復讐のためにここまで冷徹に動いてくれることには、心から感謝したのだった。




