第24話 スラムで暴れるのは血縁者
魔力切れを起こし、眠りこけていた私は夜中に目を覚ました。仮眠を取ったとはいえ、底を突いた魔力はろくに回復していない。激しい頭痛が頭の芯を締め付け、指一本動かすのすら億劫なほど身体が重い。けれど、子供たちのうめき声が聞こえる中で、じっとしてはいられなかった。
扉を開くと、ジイが仮眠を取る体勢で座っている。完全に寝てしまうと、子供たちの異常に気づけないからだ。
「ジイ、お疲れ様。私は回復したから、少し進めようと思うんだけど、重篤な子はいるかしら」
「お嬢様。昼間は私も休ませていただいたので、いつでも『剥がす』ことができます。夜中に熱が出てしまった子たちのために、殿下がたくさんの氷嚢と氷を届けてくださいましたので、危惧していたよりは落ち着いています」
「そう、それは良かったわ。早速、治療の続きを始めましょうか」
こうして私とジイは、氷嚢を当てながらぐったりしている子供たちを、次々と治療していった。ただでさえ空っぽの魔力をさらに絞り出しているせいで、視界の端がチカチカと明滅し、眩暈が襲ってくる。気がつけば空は白み、朝が訪れたのだった。
猩紅熱の治療も、あと数人の子供を残しているだけとなった。ゼイゼイと肩で息をしながら一旦休憩するために、部屋から治療院のキッチンに向かう。水を一気に喉に流し込み、やっと一息ついた時だった。
「ドンドンドンドン!!」
治療院の扉を激しく叩く音が聞こえる。嫌な予感がして近づきたくないが、出なければ扉を壊されてしまいそうだ。
「お嬢様、私が出ましょう」
同じくキッチンで水を飲んでいたジイが扉に向かった。
「はい、どちら様でしょう?」
「おら、ジジイ! どけっ!」
ジイを突き飛ばして入って来たのは、お母様の公爵家に居座っている、大嫌いな父だった。
「ジイ! 大丈夫!?」
「だ、大丈夫ですよ、問題ありません」
苦笑いしながら腰をさするジイを背中に隠し、目の前の太々しい男を睨みつける。
「……許さないっ! ここをどこだと思っているのですか! 治療院ですよ!? 怪我させてどうするんですか!」
「はあ? そんなこと、俺に関係ないだろう。それよりもお前! 生きてたならなぜ帰って来ない! お前が帰って来て『請け負え』ば、俺には大金が入るというのに!」
「お母様を殺した人間の元へ帰るわけがないでしょう!」
「お、あいつ死んだのか。これでお前が帰って来れば、全部俺ものだな! ほら、帰るぞ。じたばたするな!」
腕を強く掴まれて、引きずるようにして外へ出された私は、父の腕をバシバシと叩きながら抵抗する。無駄だと分かったから、今度は足を伸ばして思いっ切り蹴りまくる。
「痛えだろうが!」
父が怒鳴り、こちらを振り向いた瞬間、「ヒュン」と剣先が彼の目の前にピタリと止まった。
「……な、なんっ」
「アル……っ」
父が強く掴んでいた腕は外され、私は慌ててアルフォンスの後ろへ隠れた。
「レティ、ごめんね。噂を聞いて急いだんだけど、間に合わなかったみたいだ」
アルフォンスは父を睨みつけ、剣先を喉元に突きつける。
「な、何だよ。こんな女を庇ったって、何の得にもなんねえぞ?」
「うるさい。彼女は王国に必要なお方だ。お前と一緒にするな」
初めて聞いた、アルフォンスの低い声は、父を脅すには十分だったようだ。
「ちっ! 居場所は分かったんだ。覚悟してろよ!」
後退りしながら逃げる父を目で追いながら、姿が見えなくなったところで思いっ切り「はあ――」と溜め息を吐く。
「アル、ありがとう。でも、猩紅熱が移るといけないから……」
「大丈夫だよ、レティ。殿下や医官にも言われたんだ。大人は免疫があるけど、中途半端な年齢で罹るのが一番辛いって。僕は体力があるから、レティの傍にいるためなら今ここで罹ったって構わない」
「ええ……。まあ、人手があるのは助かるけど。取り敢えず、中へ入りましょうか」
罹っても問題ないと言われてしまえば、受け入れるしかない。幼馴染のアルフォンスは、指示を出さなくても私の次の行動を先読みして手を貸してくれるから慌ただしい時はとても助かるのだ。
「ねえ、レティ。あの男、何で来たのか分かる?」
「私に病を『請け負え』って。お金が欲しいみたいよ?」
「何だって!? 叔母様を傷つけておいて、よくもっ!」
「ああ、あの男にはお母様は死んだことにしておいたから。リュシアンにもそう伝えてくれる? 生きていたら、私じゃなくてお母様が狙われるだろうからね」
「……そうだね、分かったよ。レティ、あまり無理はしないでおくれ? その隈……魔力も回復してないだろう?」
「……」
そうだった。アルフォンスには何も言わなくても通じる分、私の無理や無茶にも気づかれてしまうのだったわ……。
「レティ、今日は少し休むんだ。あと六人? まだ罹っていない子供はいるの?」
「罹っていないのは三十人ぐらいだと思うわ。あと一息だから、もう少し――」
「駄目だよ、レティ。今は魔力を回復するために休むんだ。レティは我慢強いから耐えちゃうんだろうけど、本来なら魔力切れは、気持ち悪くてピクリとも動けなくなるほどの辛い症状のはずなんだからね?」
「……はーい」
「午後からは母上も来られるみたいだから、安心してね。大丈夫、レティの周りには、たくさん手伝ってくれる人がいるんだからね」
慌ただしかった数日で疲れが溜まっていたからか、私は喉の奥が熱くなった。今にも涙が溢れそうになったが、私はアルフォンスに背を向けて、寝た振りを決め込んだ。
頼りになる男に成長した幼馴染の言葉に、不覚にも泣きそうになってしまったけれど、早く魔力を回復して子供たちを治してあげなければと思いながら、深い眠りに落ちて行くのだった。




