第22話 不穏な影
王城で役人の断罪が終わってから、ほぼ毎日のようにスラムに現れるリュシアンとアルフォンス。治療院は狭いので、マクシミリアン様は外で待機しているらしい。
ある時は一人でふらりと現れたり、ある時はマクシミリアン様に差し入れを運ばせたりと、人使いの荒い人だと思ったが、王族なのだから人を使えてなんぼなのだろうかと、考えを改めたりもした。適材適所よね。
「レティシア、今日の仕事は終わったのかい? いい茶葉が入ったから、皆でお茶でもしないか」
このリュシアンという王太子は、賢くて頭の回転が速い。正確には、ずる賢いのだ。リュシアン一人であれば断るティータイムも、「皆で」と言われると、私が断れないことを知っていた。だから、茶葉を持ってくる時は、必ずアルフォンスかマクシミリアン様を連れて来るのだ。
「……お湯を沸かしますわ。アル、茶葉を預かって」
「ああ。殿下、お預かりします」
茶葉を受け取ったアルフォンスは、ティーカップを出したりと、甲斐甲斐しく働いてくれる。お茶を飲んだ後は片付けまでしようとするから、毎回断るのが大変なほどだ。最近一緒に行動しているみたいだし、リュシアンにこき使われているのかしらね。
「ところで。最近、貴族間で感染症が流行っているみたいだから、気をつけた方が良さそうだ」
「病名は分かるの?」
「確か、『猩紅熱』と言ったか」
「何ですって。ここから近いの?」
「今は南の方で流行っているらしい。早ければ数日以内に王都にも広まるのではと、専門家は言っているが」
「そう……」
「レティシア、君の見解を聞いても良いか?」
「スラムでの話よね? そうね、一人でも感染者が確認されたら、次々と発症する子供たちで溢れかえるでしょうね」
「その場合、どのような対処をするんだい?」
「感染した子供たちを一か所に隔離するわ。あとは、重篤な患者や体力のない赤ん坊から順に治療するしかないの。氷や氷嚢があれば、少しは待っている子たちの辛さを緩和できるんだけど」
「そうか。それで、隔離すれば対処できそうなのか?」
「いいえ。おそらく、全員が罹るまで収束はしないと思うわ。あくまでも時間をずらすことで、治療する側の負担を減らすだけよ」
「君の力があれば、一網打尽に治せるのではないのかい?」
「まさか。私の力では、一日にせいぜい三人か……頑張っても五人が限界よ。それ以上は私の身体が保たないわ。だから、隔離して時間をずらすことで、治療する側の負担――私の魔力の回復を待つしかないの」
「王都で流行らないことを願うしかないか」
「そうね。考えてもどうにもならないのが病なの。来たら全力で治すし、来なければ安心するだけよ」
「くくっ、そうだな。レティシアはそれで良い。あとは我々の仕事だ――」
「レティお姉ちゃん、こんにちは!」
元気な声で地下から上がって来たのはマヤだった。両手にりんごを一つずつ持っている。
「こんにちは、マヤ。今日はどうしたの?」
「これ、お姉ちゃんとお兄ちゃんたちにって、お母さんが」
「まあ、ありがとうね。お母さんに感謝していたと伝えてくれる?」
「うん! 分かった! またね、レティお姉ちゃん!」
「ええ、またね、マヤ」
私の手には二つのりんごが乗っている。切らなきゃ駄目かしら。ここにあるナイフは切れが悪いのよ。すごい顔をして力を入れないと切れないから、人前で使うのは気が引けるのよね。素直に切れないと言おうかしら。
「どうしたんだい?」
「うちにあるナイフじゃ、きれいに剥けないのよ」
困った顔でりんごを見つめていると、アルフォンスが弾かれたように立ち上がった。
「レティ、ナイフはどこにあるの? 僕が研いでいいかな」
「えっ、本当に? 助かるわ!」
アルフォンスは慣れた手つきでナイフを受け取ると、キッチンへ向かい、真剣な目付きで研ぎ始めた。
「アルたら、何でもできるのよね、昔っから」
「そうなのか?」
「ええ。指先が器用で、よく私の分までクルミを割ってくれたりしたわ」
「小さい頃か」
「そうね、五歳ぐらいの時だったかしら。ねえ、アル」
「うん、そうだったと思うよ」
アルフォンスを覗き込むと、顔を真っ赤にしていた。彼にとっては黒歴史だったのかしら。
少しだけ申し訳なく思いながら、私はアルフォンスが研いでくれたよく切れるナイフでりんごを剥き、二人に差し出すのだった。




