第21話 手に入れるためならば
スラム街に住む、愛国心の強い母娘を騙したガストンが断罪された翌日。
私は父である国王陛下に直談判していた。
「父上、どうかお許しいただけませんか」
「百歩譲って、レティシア嬢を婚約者に据えることは許したとしても、スラム街に毎日口説きに行くというのはどうかと思うぞ」
「そうですよ、兄様。レティシア嬢は押されると引くタイプでしょう? そんなにグイグイ迫ったら、逃げてしまうかもしれませんよ?」
「それは分かっているさ。だから、私の護衛として、アルフォンスをつけたいと言っているのです」
「しかし、彼は侯爵令息だろう? 『影』がついているとはいえ、やはりマクシミリアンを連れて行く方が良いのではないか?」
「では、二人とも連れて行きますので、許可をください」
「仕方ないな。まあ、それなら許可しよう。分かっていると思うが、公務を疎かには――」
「承知しております。お許しいただけるのであれば、これから執務室でサクッと仕事を終わらせたいのです」
「相分かった。リュシアンは相変わらずせっかちだな」
「父上、ありがとうございました。では!」
私はそう言って、まだ何か言いたげに眉を寄せている父上をその場に残し、さっさと執務室を後にする。私についてきたのは弟のジュリアンだった。
「兄さん、上手く丸め込んだね。望んだもの全てを許してもらえたのでしょう?」
「くくっ、父上は目先のことにしか注意が向かないからね。じっくり考える時間を与えなければ、ある程度は勢いで押し通せるんだよ」
「ふふ。兄さんが羨ましいです。僕もスラムに行ってみたいのに」
「ジュリアンは王子の勉強が終わってからだな。公務をやるようになれば、嫌でも外出の機会は増える。それまでに力をしっかりつけておくんだ。何をしても文句を言われない、何なら覆せるほどの力を、な」
にやっと笑う私に、同じような笑みを浮かべて見せるジュリアン。考え方が近いこともあり、とても仲が良い兄弟だ。
彼は頭も良いから、最悪私に何かあったとしても、王家には何の問題もない。
私は来年から学園に通わなければならないが、それまではスラムの母娘の元に通い詰めるつもりだった。
「さて。今度はマクシとアルフォンスを説得しなきゃだな」
「父上よりは大変そうですね」
「あはは、確かにな。だが、もう手は打ってある」
「……さすが兄さん。ご武運を」
「ああ、またな」
ジュリアンは楽しげに肩をすくめて自室へと歩き出し、私も自分の執務室の扉に手をかけた。中にはすでに、友人たちが待っていた。
「待たせたね。アルフォンス、急に呼び出してしまって申し訳ない」
扉を開けると、そこには対照的な表情を浮かべた三人――苦笑するマクシミリアン、やれやれと首を振るセドリック、そして少し緊張した面持ちで背筋を伸ばすアルフォンスがいた。
「いえ、問題ありません」
アルフォンスの返事に頷いて返し、私は三人に視線を向け直した。
「早速だが、父上からスラムに通う許可をもらった。同行人兼護衛として、マクシミリアンとアルフォンスを連れていくようにとのお達しだ」
「まさか、わざわざアルフォンスのために動いてくださったのですか?」
「ははっ。アルフォンスはついでだよ。アルフォンスだって、ご両親に隠れてスラムに通うより、大義名分があった方が楽だろう?」
「は、はい。お気遣い感謝します」
「くくっ、出逢ったばかりの頃のセドリックを見ているようだな」
「たしかに、そうですね。紹介されたばかりのセドリックは、かっちりしていて可愛げがありましたよね」
「何だよ、今は可愛げが無いとでも?」
「そうだな。愛しの婚約者殿ばかり優先して、つまらない男になったよな」
「なっ! で、殿下っ!」
「そうなのですね。兄は婚約者にぞっこん……」
「アルっ!? 変なところは殿下に感化されないでくれ!」
「私がスラムに通えるように、両親の説得に力を貸してくださるなら考えます」
「殿下に毒されたのか! 素直で可愛い弟が――」
「殿下、用件は他にありますでしょうか?」
「いや、これを伝えたかっただけだ。何か用があるのか?」
「出掛けることが増えるのでしたら、できる時に剣の稽古をと思いまして」
「相変わらず真面目だな。何かあれば、セドリックに伝言を頼むから、今日は帰ってかまわないよ」
「はっ! 失礼します」
退室したアルフォンスが扉を閉めるのを確認して、私はセドリックに質問を投げかけた。
「セドリック、アルフォンスは昔からあんな感じなのかい?」
「ええ。幼馴染のためであれば、どんなに大変なことでも必死にこなし、周りを黙らせてきましたからね」
「そうか。ふむ、たった十歳で……。上手く舵を取れば、将来は化けるかもな」
「舵といいますか、手綱をレティシアに握らせておけば、放置しておいても同様の結果になると思いますよ」
「なるほどな。やはりアルフォンスを護衛にしたのは正解だったようだ。荒事にも多少は実戦で慣れさせなければ使えないしな」
「アルフォンスを手元に置かれる気ですか?」
「先のことは分からないが、あの二人がどのように切磋琢磨し成長するのか、興味がある。私の想像以上であれば、臣下に入れるのも吝かではない」
「かしこまりました。どちらに転んでも良いように調整しましょう」
「ああ、よろしく頼む」
こうして、着々と外堀を埋めていく。レティシアもアルフォンスも、簡単には私の手から逃れられないことをいつ気づくのだろうと思うと、なぜか未来がとても楽しみなのだった。




