第19話 味のしない食卓
リュシアンに有無も言わさず連れて来られたのは、王城の食堂だった。私は平民の服だし汚れているから、できれば早く帰りたいと思っていたのだが……。
「ああ、そうだった。レティシア、今日のお礼に渡したい物があったんだ。セドリック、例の場所へ」
「えっ? そのようなお気遣い――」
「いいからいいから。フォンテーヌ卿はこちらへ。旨い酒を用意したよ」
「それはそれは、ありがたき幸せ!」
実は、ジイはお酒が大好きなのだ。質素な生活を送っているが、仕事の後の一杯だけは譲れないのだと、お母様に話しているのを聞いたことがある。
「ジイが酒に釣られたわ……」
「ふふっ。レティシア、諦めた方がいいよ。殿下は一度決めたら覆さない人だからね」
「……仕方ないわね。セドリック様、よろしくお願いします」
頷いたセドリックと二人で食堂を出る。随分歩くんだなと思っていたら、階を二つほど下りた場所へ通された。
「こちらになります」
扉を開けた先には、大きな浴場があった。
「え、お風呂?」
「匂いがつかないようにと、汚れだけを落とす石鹸を殿下が用意してくださったと聞いている。殿下に何か言ったのか?」
「あー……。そうね、「スラム街でそんな爽やかな香りをさせている人間なんていない」というような発言をした気がするわ」
「スラム……ね、なるほど。また危ないことをしているのか?」
「またって、私じゃなくてお母様に言ってくださる? 確かに避難場所にスラム街を選んだのは私だけれど、同意して反対しなかったのは、お母様よ」
「……エレオノーラ様も、目的のためには手段を選ばないタイプだったな」
「ええ。そのせいで、魔物のいる森で野宿する羽目になったこともあるのよ」
「それを受け入れるレティシアも凄いと思うけど」
「八歳の頃だもの。私に拒否権はないわよ」
「……まあ、そうなるか。それより、早く湯浴みしておいで。私は外で待っているから。脱衣所に侍女と殿下の乳母がいるから、安心して入るといいよ」
「ええ。ありがとう、セドリック様。お言葉に甘えさせてもらうわ。そろそろ湯浴みもしたかったのよね」
「それは良かった」
私は半年ぶりに、ゆったりと湯浴みをすることができたのだった。
★★★
「殿下、お気遣いをありがとうございました」
湯浴みを終え、セドリックと先ほどの食堂へ戻ると、国王陛下と王妃様、そしてリュシアンの弟まで席についていた。逆側には、リュシアンの友人である男性と、アルフォンスが腰掛けていた。
私はアルフォンスの隣にエスコートされ、セドリックは友人の隣の席に座った。
「レティシア、いつもの落ち着いた服も良いが、そのワンピースも似合っているね。とても綺麗だよ」
リュシアンが褒めてくれる、が……。私は珍しいものを見たような気がして、腕に鳥肌がブワッと立った。少し引きつった笑顔になってしまったが、「ありがとうございます」と言えた私を褒めてほしい。
「さて、レティシアはまだ十歳で夜会などにも参加していないから、会ったことのある者は少ないだろう。ベルモンド侯爵家の兄弟は従兄弟だと聞いているから除くとして、まずはこちらが国王陛下、隣が王妃殿下、そして私の隣が弟だ」
「拝謁できましたこと、嬉しく思います」
「ふふっ。畏まらなくて良いよ。今日はプライベートな晩餐だからね。それで、セドリックの隣に座っているのが私の友人で側近候補のマクシミリアン=ロザンベールだよ」
「レティシア嬢、はじめまして。ご紹介にあずかりました、マクシミリアン=ロザンベールです。どうぞマクシとお呼びください」
「ありがとうございます、マクシ様。私はレティシア=アストレア。セドリック様とアルフォンス様の従姉妹にあたります。よろしくお願いします」
「レティシアはマクシの家を知っていたかい?」
「はい、もちろんです。ロザンベール侯爵家といえば、『風と闇の申し子』として有名ですので」
「ほお……レティシア嬢は十歳と言っていたな。そなたの事情はリュシアンから聞いている。今はスラムで母の遺志を継ぎ、子供たちの病を引き受けて暮らしているらしいな。我々王族は、スラム街へと降り立つことも無い。良かったら、スラムに住む民たちの生活を教えてくれないだろうか」
「私の分かる範囲となりますが、これまで過ごしてきた時間がお役に立てるのでしたら、喜んでお教えいたします」
そうして、私はスラムで過ごすようになって驚いたことや、スラム街の民が願っていることなどを、陛下の質問に従って答えていった。
「なるほど。そなたの住むスラム街では、子供の死亡率が極めて低かったのだよ。そなたが貢献してくれていたのだな。感謝する」
「勿体なきお言葉でございます」
「そなたと、そなたの母を城で匿おうかと思っていたのだが、リュシアンが、そなたは首を縦に振らないだろうと言うのだ。何か理由があるのか?」
「現状のまま過ごす方が、リスクが少ないからです。治療院にいれば、父からの追手も来ませんし、子供たちの病を引き受けることで訓練にもなります。そして、母の病をほんの少しずつですが、治療することもできていますので」
「なるほどな。それだけの理由かな? そうであれば、慈善活動として大々的に公表して行えば、そなたの武勲にもなるであろう。国が保護すると言えば、そなたの父上も手を出せまい」
「ありがたき提案ではございますが、私としましては……。あの父親は、私の手で地に叩き落としてやりたいのです。他の誰でもなく、血の繋がった私が。どうか、母の仇を私に取らせていただけないでしょうか」
「ははは。素直で気持ちがいいな。いいだろう。そなたのやりたいようにやるが良い。但し、仇討ちを果たしたならば、王城での保護を受け入れてくれないか。そなたたち母娘は、我が国の大事な民であり、救国のアストレア公爵家なのだ。このままずっと放置することは叶わぬ」
「……畏まりました。おそらく、母はあと数ヶ月で意識がしっかり戻る日が増えると思われます。母の病が完治するまでに、父との決着をつけたいと思っています」
「相分かった。そなたの活躍を、今後も期待しているよ」




