第18話 背後に控えるは誓いの騎士
謁見の間にはガストンの声が響き渡り、私に向かって手を伸ばそうとした彼を、傍らで見張っていた騎士が即座に押さえつけた。
「こ、この小娘が嘘をついているのです! 私はこいつに騙されたんだ……そう、こいつがくれるというからもらっただけなのに!」
「……」
私はその醜い発言を完全に無視して国王とリュシアンに優雅なカーテシーを捧げ、ガストンから少し離れた指定の位置に立った。私の側にジイがすっと立ち、ガストンから私が見えないようにさりげなく庇ってくれている。
「言いたいことがあるなら言うがいい」
リュシアンの声が冷たく響く。まだ声を上げようとするガストンは、騎士にがっつり押さえつけられ、床に跪かされていた。
「発言をお許しいただき、ありがとうございます。私の母が病を引き受けた二ヶ月前、こちらのお役人様からいただいたのは、こちらの革袋でございます。まったく使用しておりませんので、どうぞお検めください」
壁際にいた騎士が私から革袋を預かり、リュシアンに手渡した。
「そなたたち母娘への褒美として渡されたのは、金貨千枚であると記録されている。こんな小さな革袋では、五十枚も入るまい」
革袋をひっくり返し、チャリンと手のひらに硬貨を出したリュシアンは、金貨を数え始める。
「……十九、二十。たった二十枚しか入っていないな」
「そ、そんな革袋は知りませぬ! 私には身に覚えが――」
「その革袋は、ガストンが自分の持病の薬を入れるのに使っていたものです」
いきなり後ろから声がして、驚いて振り返ると、あの馬車で迎えに来てくれた背の高い役人――ローランが立っており、私とジイに視線で小さく挨拶してくれた。
「ローラン!? なぜお前がここにっ!」
「あの日、お前の発言は、相手が平民であるかどうか以前に、人として失礼だと思っていたんだ。彼女の気持ちを考えたら分かるだろう! 名誉なことだとはいえ、母親が不治の病に罹ったんだぞ。悲しく、辛いに決まっている! なのに、お前の発言はっ――!」
「はあ? 答えになっていないじゃないか。私の発言と小娘の嘘は関係あるまい!」
「関係あるから言っているのだ。帰りの馬車に乗る少し前、お前が褒賞の金貨を入れた袋から、少しずつ中身を抜き取っているのが見えたんだ。だから私は上司に報告した! なのに上司はお前のあんな戯言を聞き入れた上に肩を持って、賄賂を受け取ってしまったんだ!」
「あらまあ……」
つい声に出してしまった私は慌てて口を押さえる。見れば、リュシアンが真面目な顔をしながらも肩をプルプルと震わせていた。威厳がある方が飾りなのかしらね? こっちのリュシアンの方がしっくりくるわ、なんて考えていると……。
「お嬢さん、本当に申し訳ありませんでした。当時の私の訴えは聞き入れてもらえず……。お詫びに差し入れをと思いスラムへ行きましたが、小さな男の子たちに『危ないから帰った方が良い』と促され……。あんなに小さな子供たちに心配されたら、私は大丈夫だよとも言えず、不甲斐ないばかりです」
「ふふっ。ローラン様はお優しいのですね。そんなにもお心を砕いてくださり、感謝いたします」
微笑んでお礼を言うと、頬を赤くしたローランが分かりやすく狼狽えた。
「い、いえ! 私は王国の士官として、正しくありたいと思っているだけです。お礼を言われるまでもありません」
リュシアンの瞳がキラリと光ったように見えた。謙虚で真面目な男は、さっそく王太子の目に留まったということだろう。どんな時でも気を抜かずに人材を探しているのであれば、リュシアンは賢王になるだろう――なんて考えていると、その未来の賢王から声をかけられた。
「レティシア殿。そなたには辛い思いをさせてしまった。まさか本当に革袋がガストンの私物であり、たった二十枚の金貨しか受け取っていなかったとはな。まるで母親の命がたったの金貨二十枚と侮られたように感じただろう」
「いえ。母は、王家のためならば命を懸けても良いと考えている、誇りある人ですから、おそらく王太子殿下のお命が助かったという事実だけで満足すると思います。ただ……母の誇りを踏みにじったその男を、私は一切、許す気はありませんが」
「ぐっ!」
じろりとガストンを睨みつけると、彼も私を激しく睨み返した。
「そうだな、許すべきではない。レティシア殿は、どのような処罰を望む?」
「私は処刑を望みます。――ああ、その前に、そこにある宝石類を換金してもらえますか? それは現金で返していただきたいですね。そうなると、金額がまだ足りませんね……。ええ、彼には残りの金額を稼ぎ終わるまで、鉱山で働いてもらいましょう。命は助けてあげるのですから、私、優しいですよね?」
「ああ、とても慈悲深いレディだと思うよ。北の辺境にある鉱山は極寒だからこそ死者数が多く、常に人が足りてないんだよね……。頑張って生き延びてくれよ、ガストン=モレル」
呆然として、真っ青になったガストンは、急にガバっと立ち上がり、私目掛けて突っ込んできた。その手には仕込みナイフが握られている。あ、まずい。体勢が悪いわね。これじゃあ間に合わない――!
「ガキンッ!」
激しい金属音が響いた。私の背後にずっと気配を消して控えていた近衛騎士が、目にも留まらぬ速さで前に躍り出ていたのだ。彼はガストンのナイフを鮮やかに弾き飛ばすと、その喉元へ容赦なく剣先を突きつける。周りにいた騎士たちが慌ててガストンを押さえつけ、縄で縛って身動きが取れないようにした。
「大丈夫かい?」
振り返った騎士の顔を見て、私は目が飛び出るほどに驚いてしまう。
「あ、アル!?」
「まったく。罪人を煽っちゃ駄目じゃないか。肝が冷えたよ……」
「ご、ごめんね! アルが守ってくれたから傷一つ無いわ!」
「当然だよ。レティシアに傷がつくようなことがあったら、エレオノーラ様に申し訳が立たない」
「アル、その、ありがとうね」
「うん」
私たちのやり取りを眺めていた者たちの生温かい視線を感じて、私は急に恥ずかしくなり、顔を赤くして俯いた。隣をチラリと見ればアルフォンスも耳まで真っ赤にしていたが、私のように俯くわけにもいかず、堂々と正面のリュシアンを見つめていた。
「くくっ。初々しいね……。ガストン、お前は本来極刑だったんだぞ? なのに、そちらの女神様が御慈悲をくださった。まあ、辛い北の辺境へは行ってもらうがな。最後に一つ、お前が極刑になるはずだった本当の理由を教えてやろう」
コツコツと靴を鳴らしてガストンの前に歩み寄るリュシアンを、ガストンはなおも睨みつけていた。王族に不敬な態度を取るなんて、誰も見ていないところで何をされるか分からないのに度胸があるわね。
「彼女のフルネームは、レティシア=アストレア。そして、私の病を請け負ったのは、エレオノーラ=アストレア公爵だ」
「は? 王国の奇跡である、アストレア公爵様……?」
「ああ、そうだ。だからお前は不敬罪も含めて極刑になるはずだったんだよ」
「うわあああ――っ!」
どちらにせよ、最悪な未来しか持っていないことを理解し、無様に泣き崩れるガストン。そして、そんな彼の両脇を抱えて迅速に運び出そうとする騎士たち。
私としては、「天罰だ!」と言ってやりたいところだけれど、ほとんどがお膳立てされていたから、少しつまらなかったわね。
「さて、断罪劇はおしまい。そちらの愛人さんは丁重に送り届けて差し上げて。こちらの宝石は没収させてもらうよ」
「えっ? そんなあ……」
「これは、彼女と彼女の母親に出されるべき褒賞だからね。諦めておくれ」
がっくりと項垂れたまま、彼女は騎士に腕を引かれて退出した。
「さて、レティシアとフォンテーヌ卿。晩餐を用意させるから、付き合っておくれ。ああ、私の友人たちも招待する予定なんだ」
にやりと何か企んでいそうな顔を向けてきたリュシアンに、私はつい「うへぇ」という顔をしてしまったが、慌てて取り繕い、「ご相伴にあずかります」と丁寧なお辞儀をしたのだった。




