第16話 断罪の場
翌朝。スラム街の入り口の手前に、豪奢な馬車が停まっていた。
「もう少し地味なのは無かったのかしら……」
「……この街には不釣り合いと言いますか、確かに浮いてますなあ」
保護者として同伴するように言われていたらしいジイが、隣で苦笑いしている。
「――失礼、そちらがジルベール=フォンテーヌ卿。そして、レティシア殿、ですね? 王太子殿下のご命により、お迎えに上がりました」
役人はスラムの少女である私を「殿」という敬称で呼び、値踏みするような、それでいて決して無礼にならない絶妙な視線を向けてきた。どうやら私は、彼から『王太子の隠されたお気に入り』か何かに思われているらしい。うん、すごく迷惑だわ。それよりも……。
「いかにも。よろしくお願いします」
挨拶をするジイに視線を向ける。ジイは私が何を言いたいのか理解しているようだが、馬車に乗り込むまでは一言も発しなかった。
「お嬢様、そんなに睨まないでください。その通りですから」
馬車の座席に腰掛けたジイが、沈黙に耐えられずに肩をすくめながら声をかけてきた。
「まさか、ジイがフォンテーヌ子爵だったとは驚いたわ。お祖父様に『ジル』と呼ばれていたから、ジルベールという名前は推測できても、『風と闇の申し子』である名門の出身とまでは思いつかなかったわ」
「私は私ですので。それに、すでに隠居しておりますから『元子爵』ですぞ」
「……まあ、私も家名に誇りは持っているけれど、誇示する気はないものね。そんな感じかしら」
「ええ、その通りでございます。エレオノーラ様も、偉ぶったりなさらないでしょう? 皆がお顔と名前を知っておりますから、どこへ行っても感謝されていらっしゃいますが」
「そうね……。私もお母様のように生きたいわ」
「レティシアお嬢様は、すでにエレオノーラ様の意思を継いでおられるではありませんか。ご立派ですぞ」
「……ありがとう」
それ以上は何も言えなかったけれど、ジイに褒められるのは昔から嬉しかった。お祖父様の主治医だからと、色々と質問したいことがあっても聞けずにいた幼少期。今では、知りたいことを好きなだけ質問できる環境で、何でも教えてくれる優しいジイ。
そんな彼に心の中で感謝していると、王城の門が見えてきた。
「お城の離れと言っていたわよね?」
「はい。今回は極秘での登城ですから、おそらく謁見の間に続く『秘密の道』を通されるのかと」
「こんなにも豪奢な馬車で来たのだから、すでに目立っているでしょうに」
「スラムでは浮きますが、王城では質素な馬車の方が目立つのです。恐らく、離れに向かうことを見越して、わざと王太子殿下用の馬車を寄越してくださったのでしょう」
「まあ。そこまでしてくれて……してくださっていたのね」
王城に入れば不敬と言われるだろう口調を、しっかりと貴族のそれに切り替える。背筋を伸ばし、顔を上げて前を見据える。これからあの男を断罪するのであれば、言いたいことをしっかりと発言しなければ。
窓の外の景色が、見慣れた泥と埃のスラムから、石畳の美しい一般区域、そして白亜の城壁へと目まぐるしく変わっていく。かつて嫌というほど見たはずの、贅を尽くした王都の風景。それを冷めた目で見つめながら、私は心の中で小さく息を吐いた。
「到着いたしました」
ジイに続いて降りる。待っていた青年が二人、深々と頭を下げる。一人はアルフォンスの兄、セドリックだった。私の視線が気になったのか、セドリックが私に顔を向けた途端、みるみるうちに涼し気な目元が丸くなっていく。
「れ、レティ――」
アルフォンスにそっくりな綺麗な瞳が、零れ落ちそうなほど見開かれている。
そりゃあ驚くわよね。世間的には事故死したことになっている従姉妹の私が、よりによって王太子殿下の極秘の呼び出しで、いきなり目の前に現れたのだから。
私は口の前で「しーっ」と人差し指を立て、微笑む。
セドリックは息を呑み、何やら激しく葛藤するように目を白黒させていたが、やがて何かとんでもない真実に一人でたどり着いたかのように、滝のような冷や汗を流しながら小さくつぶやいた。
「あっ。なるほど、そういうことか……」
そんなセドリックに、首を傾げながらも案内されるまま後ろをついて歩く。
ジイの予想通り、案内されたのは松明の炎が静かに揺れる地下通路だった。ひんやりとした湿った空気が肌を撫でる。まさに『秘密の道』と呼ぶにふさわしい、足音さえ吸い込まれるような静寂が居心地悪かった。
暗い道を通り過ぎると、豪奢な部屋に通された。
「こちらでお待ちください。王太子殿下がまもなくいらっしゃいます」
彼らは二人同時に頭を下げ、退出していった。




