第14話 鉄仮面の微笑みと、極秘の命
城に戻った私は、あのスラム街の治療院を思い出していた。
目の前に置かれたカップは公爵家としてふさわしい品だったが、彼女が使っていたカップは縁が少しだが欠けていた。普通の貴族令嬢であれば、欠けた瞬間に破棄しただろう。
彼女はそのカップを使い続けているということは、スラムの生活レベルに合わせていることになる。そして、その生活に対して不満があるように見えなかった。蝶よ花よと育てられた上位貴族の御令嬢であれば、一日たりとも耐えられないだろう。
「面白い令嬢だったな。私に対して、はっきり邪魔だと態度で示すなんて初めての経験だ」
気づけば私は口角を上げて「ふっ」と吐息を漏らして笑っていたようだ。ふと顔を上げると、私の友人でありアルフォンスの兄でもあるセドリックと、幼馴染のマクシミリアン=ロザンベールにきょとんとされてしまった。
「殿下が笑うなんて……。明日は槍が降るかもしれないぞ、マクシ」
「十五歳の殿下の笑顔を見たのが二ヶ月ぶりというのもどうかと思うけど。それに、あの時は愛想笑いだったから、槍が降る可能性はとても高いんじゃないかな」
二人は大きく頷き、天に祈る仕草をして見せた。
「私が笑っても良いだろう。このままでは鉄仮面になってしまう」
「ええ、できるならば、殿下を慕う令嬢たちの前で微笑んでいただきたいのですが。私やマクシが苦労しているのをご存じでしょうに」
「それはお前たちの仕事だろう。ああ、そうだった、セドリック。アルフォンスは賢いな。将来は決まっているのか?」
「それが、先日までは幼馴染の手伝いをすると、領地経営などの勉強にも打ち込んでいたのですが、昨晩からは剣術の訓練に心血を注いでいますね。もしかして、殿下は何かご存じなのですか?」
「いや、詳しくは知らない。少し話した感じでは、五つも年上の私にひるまないどころか、返答はしっかりしているし、芯の一本通った男だと感じたな。あれは気になる存在だ」
「まさか殿下が人に興味を持たれるとは思いませんでした」
「おい、お前たちは私を何だと思っているんだ……」
「完璧な王太子殿下だと思っていますよ。できるならば、アルフォンスではなく、女性に興味を持って欲しいところですがね」
十五歳という年齢で、婚約者がいないのは王族としては珍しい。私の婚約が調わないと、弟たちは婚約者を指名することができないのだ。
「女性……。そうだな、気になる女性ならいるぞ」
「「え……?」」
二人で顔を見合わせて、一呼吸置いたあと、いきなり「「ええ――っ!?」」と大声で叫んだ。私は「うるさい」と一言放ってから、彼女の言動を思い出しては「ふっ」と思い出し笑いしていたが、ふと疑問が浮かんだ。
欠けたカップ……。あの母娘には多額の報奨金が与えられたと書面で確認していた。いくら節約家だったとしても、割れたカップぐらいは買い直すのではないか? あの場所には、報奨金を使った形跡が見当たらない。
「マクシミリアン、調べてほしいことがあるんだが。……極秘で動いてくれるか」
「ええ、分かりました。調査は我がロザンベール侯爵家の専売特許ですからね」
「徹底的に洗え。一銅貨の誤差も許すな」
私は彼女たちを呼んできた役人から、送り届けた御者に至るまで、全員の動向を調べるように指示した。何も出なければ杞憂だったと安心できるが、何かあれば……。王族をないがしろにする人間がいるか、裏切り者が複数いる可能性がある。
「すぐに調べてまいります。セドリック、あとは任せていいかい?」
「ああ、問題ない。残りは、書類を提出して、面倒な大臣の話を聞き流すだけだからね」
「あはは、一番面倒なのを押し付けてしまって悪いね。それでは殿下、失礼します」
フッと穏やかな風が頬を撫でた瞬間にマクシミリアンはその場から消えた。彼の実家は風魔法と闇魔法の使い手を輩出する名家なのだが、裏の仕事は『影』たちを育成し、王家のために動かすという一面を担っていた。
「さて、私は明日までの仕事を終わらせるかな」
「まさか、明日もお出かけになるのですか?」
「ああ、気になる女性を見つけたからね。口説きに行かないと」
「……殿下がそんなにマメな男だとは知りませんでした」
「くくっ、誰彼構わず口説くよりはマシだろう?」
思い出すとつい頬が緩んでしまうから、グッと腹に力を入れて背筋を伸ばし、王太子らしい笑顔でセドリックの苦笑いを受け流すのだった。




