第13話 二人の同類と、騎士の誓い
頭を抱えていた殿下は、飲みかけのお茶を一気に飲み干し、「ふう――っ」と長い息を吐いた。
「飲み終えたなら、お帰りになってください」
私のつっけんどんな物言いに苦笑いしながらも、殿下は私から視線を逸らさない。その視線が鬱陶しいと思いながらも、診察台の後片付けをしながら背中で殿下の気配を窺っていた。
「レティシア嬢は、自分が特別な人間だって分かっているよね? その力は、全世界の権力者が欲しがるだろう」
「……」
あれだけで……たった一度見ただけでバレたなんて。ここで肯定しても否定しても、その力を持っていると言っているようなものだ。さて、どう誤魔化そうかと思っていると、玄関の扉が遠慮がちなノックと共に開いた。
「レティいる? あ、お客様がいらしてた?」
「アル、大丈夫だけど……。ちょっと面倒なことになっているのよ」
「入るね。どうしたの……って!? 王国の太陽にご挨拶申し上げます、リュシアン王太子殿下」
瞬時に判断し、流れるような臣下の礼をとるアルフォンスに、殿下はひらりと片手を上げ応える。
「私の存在は気にせずとも良い。スラムの生活というものを、王族として――」
「何度も聞き飽きたわ。いい加減、仕事の邪魔になるのでお帰りいただけませんか」
「れ、レティ!?」
「ははは、気にしなくて大丈夫だよ、アルフォンス=ベルモンド」
「あら、アルのお知り合い?」
すっとぼけて関係だけを聞く。アルフォンスは苦笑いしながらも、説明をしてくれた。
「リュシアン王太子殿下の友人として、兄が選ばれたんだよ。だから、何度か屋敷にいらっしゃったことがあるんだ」
「まあ、そうなのね。……じゃあ、アルが彼のお相手をしてね。私は仕事があるから、よろしく」
「れ、レティ……?」
さっさとその場を立ち去る私に、困惑するアルフォンス。そしてそれを面白そうに眺める殿下。
「アルフォンス、少し話をしたいんだが、良いか?」
「あ、はい。私でよろしければ……」
こうして、二人は治療院から出ていったのだった。
★★★
「店に入りましょう。侯爵家の息がかかった個室のレストランが近くにありますので」
「悪いね、そうしてくれると助かるよ」
二人は無言でレストランに向かって歩き出した。先ほどの会話も、まだ十五歳と十歳の子どものやり取りとは思えないものだったが、二人はそれが当たり前で互いに違和感を抱かなかったことに、なぜか心地良さを感じていた。
「こちらです。二階が個室となっていますので、ご案内いたします」
アルフォンスはウェイターに声をかけ、二階へ上がっていった。
「どうぞ」
扉の先は、ゆったりとした大きな椅子が八脚と、美しいダイニングテーブルのある部屋だった。リュシアンは「ほお」と一言発すると、奥から二番目の椅子に腰掛けた。
ウェイターが運んできたティーポットとお菓子を受け取り、アルフォンスがお茶を注ぎ、リュシアンに差し出す。
「へえ、慣れているんだね。ありがとう。君も座るといいよ」
「……失礼します」
かなり警戒しているアルフォンスと、それを観察するリュシアン。互いが互いを『同類』だろうと認めた瞬間だった。
「君には遠回しに言っても意味が無いだろうからはっきり言わせてもらうけれど、まずは君たちの関係を聞いても?」
自分とレティシアのことだろうと、アルフォンスが丁寧に答えた。
「幼馴染です。私の母と、レティシアの母が姉妹なので」
「なるほど、従兄弟なのか」
「はい」
リュシアンは少し悩む素振りを見せてから、アルフォンスを見つめ、覚悟を決めたように話しかけた。
「では、今回の……私の病の『請け負い』のことも知っていたのか?」
「叔母様が病を請け負った一ヶ月後に、私が治療院に差し入れをしたのですが、その時に聞きました」
「彼女は君を随分と信頼しているんだな」
「姉弟のように過ごしてきましたから」
「なら、彼女が賢いことは理解しているね。昔からかい?」
「はい。レティシアは、後継者として求められる勉強の合間に、貴族としての勉強もしていました。会う度に、貴族としての学習進度を確認していたのですが、下手をすると私より進んでいることもしばしばありました」
「……ふむ。だが、君も賢い部類だろう? こうして五つ年上の私と話していても、全く問題がないのだからね」
「……恐れ入ります」
「アストレア公爵家について、こちらでも色々と調べたのだが……。君は、彼女たちがなぜスラムに住み着いているのか、理由を知っているのかい?」
「……」
「その理由は聞かないから、理由を知っているか、知らないかだけ教えてくれるかい?」
「……知っています」
「それは、君が彼女の元を訪れる理由でもある?」
「いいえ、それは関係ありません。私がレティシアに差し入れをしているのは、単に、彼女の力になりたいからです」
「貴族が恋愛感情を持つのは、今後苦しくなると分かっているのにかい?」
「恋愛感情とは違います。確かに、彼女が公爵家を継ぐのであれば、私はプロポーズしようと思っていました。ですが、それは能力的に彼女を支えられるのは私しかいないと思ったからです。母がアストレア公爵家の特別な事情を幼い頃から教えてくれていたので、基本的な知識は他の家門よりは詳しいですし」
「なるほど。では、私が彼女を次期王妃にと求めても、問題ないというのか?」
「はい。彼女の力を発揮できる場所で彼女が生きていけるのであれば、それだけが重要です。彼女も彼女の母も、王族のために、国のためにと生きてきた貴族の中の貴族……真の貴族なので」
「君もそれに倣うというのか」
「はい。その場合、私はすぐにでも剣術の訓練を倍にし、彼女の近衛騎士になりましょう。私が彼女の盾になります」
「くくっ。君は面白いね。ひとつだけいいかな。君はアストレア公爵家でのうのうと暮らしている『とある男』を許せるかい?」
「いいえ」
「アストレア公爵家は、血筋を引き継いだ、特異体質の者しか跡を継ぐことはできないはずだから、本来なら追い出されているはずなのだが、なぜか居座っているんだ。侯爵家の力を使って、君が何とかできるかい?」
「ご命令とあらば……。ですが、恐らく――」
「ああ、彼女が復讐を邪魔するなとでも言ってきそうかな? くくっ」
「はい……。それから、もうひとつだけ。……たとえ殿下のご命令であっても、彼女が不幸になる未来を望まれるのであれば、私は黙って従うつもりはございません。レティシアを泣かせるような真似だけは、決してなさらないでください」
静かに、しかし冷徹なまでの決意を込めて告げたアルフォンス。
リュシアンは一瞬目を見開いたあと、今日一番の愉しげな笑みを浮かべた。
「……いい目だ。君の覚悟、しっかりと受け取ったよ」
アルフォンスがリュシアンに不敬すれすれの発言をできているのも、アルフォンスがまだ十歳だからであり、それゆえの特権でもあった。
それを理解しているリュシアンもまた、レティシアだけではなく、アルフォンスの動向も気にかけるようになったことは言うまでもないだろう。




