第12話 しつこい来訪者と、目の前の奇跡
私より五つ年上のリュシアン殿下に、私たちが必死に隠してきた諸々の事情がバレてしまった。
母に会いたいという殿下に、「今日はもう遅いから、顔を見るだけで帰ってほしい」と伝えると、それでも構わないという殿下を隣の部屋へ誘う。
「……っ! エレオノーラ公爵……。本当にありがとう。またお見舞いに来ます」
熱に魘され、汗だくでぐったりしている母に向かって頭を深々と下げ、私とジイに辛そうな微笑みを見せたリュシアン殿下は、王城へと帰って行った。
やっと嵐が去ったとホッとしていた私は、リュシアン殿下がどれだけしつこい質なのかを全く理解していなかったのだった。
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「やあ、レティシア嬢。お邪魔するよ」
綺麗な微笑みを振り撒きながら現れたリュシアン殿下に、うんざりした顔を隠さずに向ける私。
「そんな顔をしないでおくれ。なぜ嫌がるんだい?」
「ですから、殿下がいらっしゃるような場所ではないと……」
「そんなことは無いさ。民の生活を知ることも、王族にとっては大事な勉強だろう?」
「はあ……」
口の達者な人を相手にするのは疲れる。私は仕方なくキッチンでお茶を注ぎ、殿下の前に出した。一応相手は王族なのだ。勝手に押し掛けてきたからといって、もてなさない理由にはならない。
「それを飲み終えたら帰ってくださいね」
カップを上品に持ち上げ、ゆっくりと喉を潤した殿下は、私に視線を向けて首を傾げた。
「今日はエレオノーラ公爵に挨拶できるだろうか?」
「どうでしょう? 日によっては目を開けることもあれば、数日眠ったままの時もありますので」
「……そうか」
沈黙が息苦しく感じてきた頃、元気よく子どもたちが治療院を訪れた。
「レティ姉ちゃん! 二つ隣の通りのマヤが昨晩から熱を出したって」
「まだ下がっていないのね?」
「うん。マヤの母ちゃんが一時間後に行くって伝えてくれって」
「分かったわ、ありがとうね」
「俺たちは昼からパトロールしてくるね!」
「気をつけていってらっしゃい。あ、ジョンは市場の方も行くのかしら?」
「行くよ。いつものパンで良いの?」
「ええ、お願いできるかしら。ルイージも一緒に行くわよね?」
「うん、そのつもり」
「じゃあ、芋もお願いできる?」
「良いよ。いつもの量で良いの?」
「ええ、五キロね。重かったら、リヤカーを借りてね?」
「大丈夫だよ! 俺ら交代しながら運ぶから!」
「ふふっ。いつもありがとうね。これ、お代ね」
子どもたちとの会話は、いつも癒やしをもたらしてくれる。笑顔で手を振る彼らを、リュシアン殿下は興味深そうに視線で追っていた。
「随分と懐いているのだね」
「母が元気な頃は、孤児院やスラムで休みのたびに奉仕活動をしていましたから」
「なるほど、顔馴染み……」
黙って考え込んでいた殿下は、いつの間にか船を漕ぎ始めた。
「あらら。ジイが来るまで放置で良いかしら。年頃のレディが殿方に触れるのはよくないわよね」
仕方ないとブランケットを掛けるだけに留めて、もうすぐ来る予定のマヤ母娘を受け入れる準備を始めた。
「ごめんください」
「お待ちしていました。マヤ、調子はどう?」
「ゲホゲホッ! ぐ、ぐるじいよお。お姉ちゃん、助けて」
「ええ、もちろんよ。おじいちゃん先生が来たら、すぐに剥がしてもらおうね。大丈夫よ、すぐに来てくれるわ」
そう言い終わると同時に、ジイが玄関の扉を開けた。
「おや、お待たせしてしまいましたね。すぐに取りかかりましょう」
ジイがマヤのお腹に手を当て、まるでジイが剥がしたかのように振る舞う。そして、それを私が請け負ったように見せてから、一瞬で美しい光の粒子と共に霧散させた。
「ガタン!」
椅子が倒れる音に驚き振り向くと、リュシアン殿下が頭を抱えていた。
「でん……リュシー、頭が痛いのですか?」
「いや、後で大丈夫だから、彼女を先に」
「あ、はい……。マヤ、どう? 苦しいの、無くなった?」
「うん! お姉ちゃん、ありがとう! 病気になっちゃってごめんね」
少し涙目のマヤは、もうすぐお姉ちゃんになる。だから、人に迷惑をかけないようにと思っていたのだろう。
「マヤ、病気はなりたくてなるわけじゃないでしょう? お腹もしっかりお布団に入れていて、それでもなっちゃったら仕方ないわ」
微笑みながら、優しく頭を撫でる。できるだけ視線を合わせて、大丈夫よと気持ちが伝わるようにギュッと抱きしめた。
「うん……。いつもありがとう、お姉ちゃん。わたしもお姉ちゃんみたいなお姉ちゃんになるね!」
微笑ましい光景のはずなのに、視界の隅に映る、頭を抱えたリュシアン殿下。大きなため息を吐きたい気持ちを落ち着けながら、私はマヤ母娘を見送ったのだった。




