第11話 繋がった線と、暴かれた嘘
私は、目の前にいるお方がリュシアン殿下だと分かってからは焦る一方だった。母がここにいることがバレてはいけない。
リュシアン殿下は母に会ったことがあるはずだ。女公爵のように、女性が爵位を継いでいる立場はそれだけで珍しいから記憶に残りやすいだろう。
母がここにいることがバレて困る理由は二つだ。
まず、父に居場所がバレるリスク。あの人は、恐らく私と母を見つけたら、すぐに殺し屋を仕向けるだろう。ここはスラムだから、女性の変死体が転がっていようとも、「いつものこと」として処理されてしまう。
二つ目は、母の病を完治させられなくなる可能性だ。
母が身に受けた病である『熱傷病』は、母の身体の中で分解する力と、私の病を押し出して霧散させる力があって、ようやく病状が良くなって来ていた。
リュシアン殿下の言い方からは、母を探してここまで来たと言っているように感じられた。
母を連れて行かれては治療もできない。そして、目立つ場所で母の治療をするのはリスクがある。私が治療する時に放つ光の輝きが、日に日に強くなっているのだ。
私が『伝説の治療師』だということは、誰にも知られてはならないのだ。父親だけではなく、我が国や、隣国の王族からも逃げ惑う羽目になってしまう。
リュシアン殿下と気づいてからお茶を出すまでの数分間で、私は考えをまとめた。うん、バレてはいけない。どうにかして諦めさせ、帰ってもらわなければ。
「どうぞ」
「ありがとう、レティシア嬢」
礼を欠かさない殿下に小さく頭を下げ、私は数歩下がる。
「レティシア嬢も座ってはくれないか? そちらのお爺さんは……たしか先代アストレア公爵の主治医だね。昔、世話になったことがあったな?」
「はい、殿下。前公爵様のパーティーでお会いしたことがあります。まだ幼かった殿下と侯爵家の嫡男の顔にできた引っかき傷を『治癒』させていただきました」
「ああ、そうだった。取っ組み合いの喧嘩にまで発展する前に、前公爵が止めてくれたと記憶している」
「ほほほ、そうでしたな。二人とも首根っこを掴まれて、私の所へ運ばれていらっしゃいました。大きくなられましたなあ」
「そうだね、あれから十年は経っているからね。私は……また『誰か』に助けられ、こうして今も生きているよ」
悲しそうに話すリュシアン殿下に、王族であることも大変なのだなあと他人事のように考えていた。そんな心の内に気づいたのか、リュシアン殿下が私をじっと見つめる。
「レティシア嬢は、元は貴族なんじゃないかな。立ち姿もそうだが、こうして私と対峙しているというのに、表情が全く変わらないからね。かなり高度な教育を受けてきたのだろうね」
「……そんなことございませんわ」
私がそう答えた瞬間、殿下の瞳にわずかな光が宿った。
「その否定の仕方が、すでに答えだよ。スラムの娘は、王族を前にしてそんなに綺麗に目を伏せたりはしない」
彼はゆっくりと、手元の質素なカップを見つめた。
「十年前、私の傷を治してくれた老医師。そして、目の前にいる完璧な敬語を使う十歳の少女。……繋がったよ。死亡届にサインをした覚えはあるが、どうやら私は、とんでもない嘘を担がされていたようだね」
殿下の視線が、射抜くように私を捉える。
「エレオノーラ公爵は、どこにいる?」
自分で答えを導き出した殿下に、私は隠し通すことを諦めてうんざりした目を向けてしまった。母に不敬だと怒られそうだが、今回だけは許してほしい。いくらスラムで過ごしているとはいえ、王族に敬語を使わない貴族なんていないのだから。
「殿下、このことは内密にしていただけませんか」
私は嫌そうな表情のままで、殿下に願う。恐らく母の治療にかかる時間は少なくてもニ年、完治まではさらに数年かかるだろう。最近では、数分だが意識が戻ることも増えてきた大事な時期なのだ。
「どうしてだい? こんな場所よりも、ちゃんとしたベッドで治療をした方が……」
私が視線も向けずに押し黙っていると、ジイが申し訳なさそうに声を上げた。
「殿下、発言をお許しいただけますでしょうか」
「ああ、もちろんだとも」
「その、もうご存じだとは思いますが、エレオノーラ様とレティシアお嬢様がこちらにいらっしゃるのは、現在アストレア公爵家を乗っ取っているオズワルド様に斬りつけられたからなのです」
「なんだって? まさか私の恩人を、亡き者にしようとしたというのか!」
顔を赤くして母のために怒ってくださっているリュシアン殿下。「案外、良い人なのかも」なんて思いながら、現実逃避していた。
「お嬢様たち母娘がこちらにいらっしゃった経緯を、私めが説明させていただきます」
ジイが私に視線を寄越し、無言の了承を得てから、リュシアン殿下に説明を始めた。
「なんてことだ……。私がサインした書類には、エレオノーラ公爵も、娘のレティシア嬢も事故で亡くなったと。届けを出したのはオズワルドだろうな。こちらで調べておこう」
「そうでしたか。調査隊が動く気配もありませんでしたから、不思議に思っていたのです」
二人の話を気にせぬ素振りで聞きながらも、それをお祖父様がお許しになっているのであれば、何か理由があるのでしょうと聞き流した。自分や母の世間的な生死の真偽なんてどうでも良い。私にとって重要なのは、目の前で生きている母の病を完治させるという、アルフォンスとの約束だけだった。




