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やわらかな王の墓  作者: たむ


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91/95

第91話 崩れた文書庫の地下

 村へ着いたのは、日が高くなり始めたころだった。


 最初に目に入ったのは、やはり首を抱いた王の石像だった。

 以前見たときと同じ場所。井戸のそば。

 けれど、明らかに向きが違う。

 村道ではなく、村はずれの文書庫跡を見ている。

 首を抱く腕の角度まで、少しだけ変わっているように見えた。


「本当に向いてる」

 私は言った。

「はい」

 エナも低く答える。

「軽い……」

「何が」

「抱えている首が」

 

 私は石像へ近づいた。

 前はもっと“重みを支えている”感じがあった。

 今は、抱えているというより、もう手放しかけている姿勢に近い。

 首が軽く見える、という村人の証言は、比喩ではないのかもしれなかった。


 だが今は石像より先に、文書庫跡だ。


 村はずれのあの小屋は、半ば崩れていた。

 屋根が落ち、壁の一部が内側へ倒れ込んでいる。

 乾いた紙と土と白花の匂いが混じっていた。

 入口の前には、補助書記シウらしき若い男が立っている。

 顔色が悪い。

 だが生きている。


「エナさん」

 彼は彼女を見るなり、心底ほっとした顔をした。

「来てくれた」

「中は」

 エナがすぐ問う。

「師匠の机は」

「半分残ってます。でも」

「でも?」

「下に穴が」

 

 私たちは崩れた梁を避けながら中へ入った。

 文書庫の中は、前に見た古びた静けさを失っていた。

 紙束が散り、棚が倒れ、床が一部陥没している。

 そしてその陥没の下に、石の階段が見えていた。


「地下?」

 私は言った。

「こんなのあったのか」

「知りませんでした」

 シウが答える。

「崩れて初めて」

「村の文書庫に地下、か」

 ダフが顔をしかめる。

「嫌な匂いしかしない」

 

 穴の縁には白い根が露出していた。

 細い。

 だが脈打っている。

 王都の地下で見たものと同じ系統だ。


「やっぱりつながってる」

 私は呟く。

「はい」

 エナが答える。

「文書庫の床下まで」


 階段は狭く、土と石でできていた。

 護衛を一人残し、私たちは下へ降りる。

 湿気が上がってくる。

 地下庭園の湿りとは違う。もっと閉ざされていて、長く空気が動いていない匂いだ。


 下には小部屋があった。

 低い天井、石の壁、中央に机、周囲に箱。

 まるで、村版の埋葬塔の小型みたいな部屋だ。

 そして壁際には、古い墓標の拓本が何枚も立てかけられていた。

 王都の廊下に増えたものと同じ種類。

 名を持ちきれぬ子の石。

 余った名を置く副墓。

 順から零れた血の墓標。

 その写しが、ここへ集められている。


「師匠……」

 エナが小さく呟いた。

「ずっとここを」

「隠してたんだろうな」

 私が言う。

「王都に見つからないように」

「あるいは」

 ダフが低く言う。

「王都が見つけたくなかった場所を、ここへ押し込んでいた」


 机の上には一冊の帳面があった。

 埃をかぶっていない。

 最近まで使われていたのだろう。

 エナが震えない手でそれを開く。


「師匠の字です」

 彼女は言った。

「読める?」

「はい。……でも、最後の数頁が」

「何だ」

「違う筆跡」


 私は横から覗き込む。

 前半は細く几帳面な字。

 後半だけ、急いだような荒い筆。

 師のものではないのかもしれない。


「最後を」

 私は言った。

「読む」

 

 エナは頷き、頁を開いた。

 そこに書かれていたのは、箇条書きに近い短い文だった。


 王都は顔を落とし、村へ預ける。

 名のない子は数えに近い。

 石像の首が軽くなる日、王の顔は村を向く。

 地下を閉じよ。だが完全には閉じるな。


「これ」

 私は喉の奥が冷たくなるのを感じた。

「師匠の字じゃないな」

「はい」

 エナも低く言う。

「でも、知っている人の字です」

「誰の」

 彼女は少し黙り、やがて言った。

「……私の、古い訓練筆跡に似ています」

 

 私は彼女を見た。

 本人も困惑している顔だった。

 自分で書いた覚えはない。

 だが、昔の自分に近い筆跡。

 王都にいた頃の。

 それはあまりに嫌な符合だった。


 さらに頁の端に、別の短文がある。

 こちらはもっと乱れていた。


 地下の最奥に、顔を置いた。


「顔?」

 ダフが言う。

「何の」

「わからない」

 私は答えた。

「でも行くしかないだろ」


 部屋の奥には、もうひとつ小さな扉があった。

 半ば土に埋もれ、白い根が絡んでいる。

 地下のさらに奥。

 文書庫の地下の、最奥。

 王都の顔が村へ預けられているなら、その先にあるものは、もう文書ではないのかもしれなかった。

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