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やわらかな王の墓  作者: たむ


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90/99

第90話 帰路の荷馬車

 村へ戻るための手配は、驚くほど早かった。


 早かった、というより、すでにどこかで準備されていたものへ私たちが乗せられた感じに近い。

 王都では、必要なものは遅く、必要になりそうなものだけが妙に早い。

 セリオは夜のうちに最低限の通行札を整え、護衛二名、ダフ、エナ、私という編成を決めた。

 ネムは監査局に残る。

 王都で起きることを見張る目が要るからだと言ったが、彼の顔を見るかぎり、本心では一緒に来たかったのだろう。


「戻ったらすぐ照会を上げます」

 北区の門前で彼は言った。

「村の文書庫跡、石像、井戸、補助書記シウの所在、全部」

「頼む」

 私が言うと、ネムはいつもの乾いた調子で答えた。

「役所の本領ですので」

「珍しく頼もしく聞こえるな」

「珍しい状況ですから」

 

 荷馬車は、王都へ入ったときよりさらに地味だった。

 粗い布の幌、乾物の樽、空箱、白花を入れる籠。

 そのあいだへ私たちが紛れる。

 王命を受けた正式読手の扱いとしてはずいぶん雑だが、王都で丁重に扱われるとろくなことがないと、もう知っている。

 雑なほうがまだましだ。


 夜明け前の王都は、昨日までの猶予を少し引きずっていた。

 街は動いているが、足音が軽い。

 都がほんのひと息ついた朝の匂いだ。

 その一方で、私は妙に胸の内がざわついていた。

 村へ戻る。

 最初に落ちた場所へ、今度は理由を持って戻る。

 それは帰還ではなく、再読に近い行為だと思えた。


「怖いですか」

 荷台の向かいで、エナが言った。

「今さら訊くんだな」

「今だからです」

「……少し」

「私もです」

 

 彼女は黒衣の上に村用の薄い灰外套を羽織っていた。

 宮廷埋葬官見習いではなく、村付き見習いに戻るための服だ。

 だが、もう完全には戻れないことを、たぶん本人が一番知っている。


「君にとっては故郷だろ」

 私は言う。

「はい」

「それでも怖い?」

「故郷だからです」

 

 その答えに、私はそれ以上軽いことを言えなかった。


 外門を抜ける。

 王都の低い石の圧が少し薄れ、土の匂いが入ってくる。

 外縁へ向かう道は朝靄が低く、遠くの景色がまだ柔らかい。

 それでも誰も空は見上げない。

 王都の癖が、外へ出ても少し残る。


「白鈴の巡礼路は?」

 私はダフに訊いた。

「寄らない」

 彼は答える。

「今日はまっすぐ村へ」

「何で」

「巡礼路は呼ぶからです」

「十分理由になるな」


 荷馬車は王都の外道を進み、やがて村道へ入る分かれ目へ近づく。

 私は幌の隙間から外を見た。

 前に通った道と同じはずなのに、見え方が違う。

 こちらが違うからだろう。

 あのときはただの異物だった。

 今は、王都の病を村側から読み返しに行く人間だ。

 位置が違えば、景色の意味も変わる。


 途中、一度だけ馬が足を止めた。

 理由はすぐわかった。

 道端に、白い花が七本、きれいに並べられていたのだ。

 誰かが供えたというより、数だけを示すために置いたような整い方だった。


「……七」

 エナが低く言う。

「良くない?」

 私が訊くと、彼女は頷いた。

「五より先は、だいたい良くない」

「雑だけどわかりやすいな」

「村では、それで足りることもあります」


 ダフが馬車を降り、花の周囲を確認する。

 踏み跡はない。

 置いてすぐ消えた、みたいな残り方だ。


「取る?」

 護衛が問う。

「だめです」

 エナが即答した。

「今は記録だけ」

「どうして」

「七本は、“数えが戻れない”印に使われることがあります」

「戻れない?」

「はい。行ったものが、そのまま別の数えへ入ったとき」


 嫌な言い方だった。

 だが、村へ近づくほど、そういう嫌な古い言い回しが増える。

 村のほうが、王都でまだ書式へなっていない異常を、言葉のまま持っているのかもしれない。


 私たちは花をそのままにして進んだ。

 道端の白い七本は、馬車の後ろで小さくなっていく。

 けれど、消える感じはしなかった。

 数だけがこちらの背を押しているような気配が、しばらく残っていた。


 帰路の荷馬車。

 王都から村へ向かう道なのに、妙に“戻っている”感じが薄い。

 むしろ、別の層へ深く入っていくような気さえする。

 この国は中心と周縁が逆転するときがある。

 王都で起きたことの答えが、村の井戸や石像や崩れた文書庫に置かれているなら、今向かっているのは辺境ではなく、もっと深い中心なのかもしれなかった。

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