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やわらかな王の墓  作者: たむ


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89/95

第89話 石像の首が向く日

 鏡の向こうの花嫁を見た日の夕方、ついに村から急報が届いた。


 紙は粗い。

 代筆はいつもの補助書記シウ。

 だが文字が前より乱れている。

 急いだのではない。

 手そのものが落ち着いていない字だった。


「嫌な予感しかしないな」

 私が言うと、ネムは頷きもせず封を切った。

「読んでください」

「俺が?」

「そのほうが早い」


 紙を受け取る。

 文字は王都式だが、村の匂いがする。

 簡潔で、遠回しが少ない。


「“村中央の王像、夜明け前に首の向きを変える”」

 

 その一文で、私は手紙を持つ手に力が入った。

 首を抱く王の石像。

 村へ落ちた最初の日から、ずっとあったあれだ。

 首の向きが変わる。

 それは単なる怪異以上に、王都全体とつながりすぎている。


 私は続きを読む。

「“これまで井戸方向を見ていたものが、今朝は村外れ古文書庫跡を向く”」

「文書庫」

 エナが反応する。

「崩落したところ」

「ええ」


 さらに下の行を追う。

「“村人の多く、朝より石像を見上げる”」

 

 全員が顔を上げた。

 空を見上げぬ村人たちが、石像を見上げている。

 それだけで異常だ。


「続けて」

 リシェが言う。

 私は唇を湿らせるように息をつき、読んだ。


「“石像の抱える首、昨夜より軽く見えるとの証言多数”」

「軽く?」

 ダフが眉をひそめる。

「比喩か?」

「わからない」

 私は答えた。

「でも次がある」


 最後の追記は、明らかに急いで書かれていた。

「“首が、こちらを向きそうだと子どもらが言う”」


 沈黙。

 私は村の石像を思い出した。

 胴体が首を抱えた王。

 あれはあの村だけの奇妙な信仰物ではなく、王都の病の縮図だった。

 なら今、その首が向きを変え、しかも“こちらを向きそうだ”というのは何を意味するのか。


「村へ戻るべきです」

 エナがはっきり言った。

「同意します」

 ネムも珍しく即答した。

「村の王像は、地方井戸系と王墓の末端接続点である可能性が高い。しかも古文書庫跡を向いたなら」

「過去の欠落へ視線を向けた」

 私が言った。

「あるいは、そこに何かが集まり始めた」

「はい」

 

 セリオは少し考えていたが、やがて短く言った。

「今夜は出せない」

「なぜ」

 エナが問う。

「門が閉じる。外縁へ夜間に出る理由としては弱い」

「弱い?」

 私は思わず言った。

「石像の首が向いたんだぞ」

「王都ではまだ“噂”の範囲です」

「王都め」

「はい」


 サラが腕を組む。

「でも明朝なら?」

「明朝一番で動かす」

 セリオが答える。

「小隊は出せない。最小限で」

「それでいい」

 エナが言う。

「私が行きます」

「私もです」

 私は続けた。

「だろうな」

 セリオがこちらを見る。

「読む必要がある」

「そうだろ」


 私は机上の村からの手紙を見た。

 王像が首の向きを変える。

 それは、王都の影や井戸や供花の異常が、ついに私の出発点へ帰ってきたということでもある。

 村は終点ではなかった。

 最初から王都の病の末端だった。

 なら今、その末端で何が起きるかを見なければ、この国の継承の穴も、影の正体も、顔を借りる花嫁の意味も解けない。


 夜の王都の外では、たぶん骨魚が低く巡っている。

 見えなくてもわかる。

 都の上と下、井戸と墓、王と影、村と宮城。

 全部の線が、いよいよ出発点へ戻ろうとしていた。


「明朝」

 私は言った。

「村へ行こう」

 

 エナは短く頷いた。

 その横顔は静かだったが、目だけははっきり前を見ていた。

 名を持たぬ埋葬官見習いの少女にとって、村は帰る場所であると同時に、自分の始まりをもう一度見に行く場所でもあるのだろう。


 石像の首が向く日。

 それはきっと、王都の外で起きた地方の怪異ではない。

 王都そのものが、ついに自分の起点を振り返り始めた日なのだ。

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