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やわらかな王の墓  作者: たむ


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85/95

第85話 墓に預けた手紙

 午前のうちに、宮廷埋葬部から北区へ小箱がひとつ運ばれてきた。


 灰白色の、薄い木箱。

 封は軽い。

 だが運んできた若い埋葬官の顔つきが妙に硬い。

 軽く扱ってはいけない中身だと、その顔だけでわかった。


「次官殿より」

 彼は言った。

「北区保管下の照会物。読手立会いにて開封可」

「何だ」

 サラが受け取る。

「手紙です」

「誰の」

「それが、まだ」


 王都らしい答えだった。


 北区の閲覧卓で箱を開ける。

 中に入っていたのは、一通の封書。

 紙は黄ばんでいない。

 かなり最近のものだ。

 だが封蝋に使われている紋が見慣れない。

 王章でも、監査局印でも、祈祷院印でもない。

 花弁のような、波紋のような、曖昧な印だ。


「墓印です」

 ネムがすぐ言った。

「墓印?」

 私が訊くと、彼は頷いた。

「正式な公印ではありません。墓へ預けた手紙に使う印」

「何で手紙を墓に預けるんだ」

「届いてほしくない相手に読まれたくないとき」

「さらに意味がわからない」

「王都では、墓のほうが守秘に優れる場合があります」

 

 その説明を聞いて、私はしばらく何も言えなかった。

 墓が守秘に優れる。

 この国は本当にどうかしている。


「誰宛てですか」

 エナが問う。

 若い埋葬官は少しだけ迷い、それから答えた。

「表書きは消えています」

「またか」

 私が言う。

「はい」

 彼も困ったように言う。

「ただ、北区付箋には“王へ渡らず、墓経由にて保管”と」


 私は封書を見た。

 表に宛名欄があり、その部分だけきれいに薄れている。

 消されたというより、最初からそこだけ紙が浅いみたいだ。


「読むしかないな」

 サラが言った。

「読める?」

「やってみる」


 私は封蝋の印を見た。

 そこから、うっすら意味が来る。


「……“受け取られぬために、預ける”」

 私は言った。

「“読むべき者が読めぬとき、墓に保たせる”」

 

 エナが低く呟く。

「やっぱり」

「何が」

「王へ届かなかった手紙」

 

 封を切る。

 中の紙は一枚だけ。

 字は細く、整っている。

 女の手かもしれないし、几帳面な男の手かもしれない。

 読んでみると、文体が妙にまっすぐだった。

 この国では珍しいほど、言葉が飾られていない。


「声に出します」

 私は言った。

 全員が頷く。


「“あなたがこれを読むなら、私はまだ顔を持っているはずです”」

 

 部屋が静かになる。

 顔。

 またその語だ。


 私は続きを読む。


「“もし読めないなら、私の顔は先に落ちています。そのときは鏡を見ず、指を探してください”」


 第二王妃の指輪。

 王妃候補の棺の鏡。

 私は喉が少し乾くのを感じた。


「誰だこれ」

 サラが低く言う。

「続けて」

 

 私は紙を持ち直した。


「“私の名はここに書きません。名が残ると、あなたへ早く届きすぎるから”」

「王都らしいな」

 私は思わず言った。

「もっとも嫌な意味で」

 

 ネムが小さく咳払いした。続けろ、ということだろう。


「“私たちは女の顔で運ばれます。王は耳で削られ、妃は顔で流される”」

 

 エナが目を上げた。

「女の顔で運ばれる」

「第二王妃系の話と一致します」

 ネムが言う。


 私は最後の段落へ目を落とす。

 そこが一番はっきりしていた。


「“まだ呼ばれていない者が王の前へ立つなら、その前に一度だけ、墓へ手紙を預けてください。呼ばれぬものは言葉から形を得るので”」


 その一文を読んだあと、私はしばらく紙から目を離せなかった。

 呼ばれぬものは言葉から形を得る。

 だから第十四の名を呼ぶな。

 だから石壁の耳が名を覚える。

 だから、王都では手紙ですら墓へ預ける。

 言葉が形を先に作ってしまうから。


「差出人は」

 サラが問う。

 私は紙の末尾を見た。

 署名はない。

 ただ、小さな追記が一行だけある。


「……“婚礼前の者より”」

 

 灰色の婚礼衣装。

 六輪の花。

 名を忘れた若様。

 王妃候補ユレナ。

 女系の鏡。

 全部が一本につながる感じがした。


「これ」

 エナが静かに言う。

「ユレナか、あるいは別の王妃候補が、自分の顔が落ちる前に残した手紙かもしれません」

「墓に預けた手紙」

 私は呟いた。

「王に渡らず、墓経由で保管」

「王が受け取れないから」

 ネムが言う。

「耳が欠けているので」


 私は紙を机へ置いた。

 手紙は軽い。

 だが書かれていることは、王都の仕組みのかなり深いところに触れていた。

 王は耳で削られ、妃は顔で流される。

 呼ばれぬものは言葉から形を得る。

 そして、その前に墓へ手紙を預けろ。

 王都は、伝えるためでなく、“形を誤らせないため”に手紙を書く場所でもあるらしい。

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