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やわらかな王の墓  作者: たむ


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第79話 継承順位の抜け穴

 翌朝、監査局からネムが息を切らしてやって来た。


 珍しいことだった。

 ネムはいつも疲れているが、走っている感じはあまりない。

 役人らしく、疲労まで書式に乗せて運んでくる男だ。

 その彼が、紙束を抱えたまま埋葬部の閲覧卓へ着くなり言った。


「見つけました」

「何を」

 私が訊くと、彼は紙束の一番上を広げた。

「継承順位の抜け穴です」

 

 その語がひどく王都らしくて、私は一瞬、笑いそうになった。

 だがネムの顔が本気すぎて、すぐ笑えなくなる。


「抜け穴って」

 ダフが言う。

「制度に?」

「はい」

 ネムは頷く。

「古い継承表の注記、巡礼副墓記録、婚礼連署簿、供花配分表。その四つを並べると見える」

「嫌な四点セットだな」

 私が言うと、彼は軽く息を吐いた。

「王都では、抜け道はたいてい複数部署の境で育ちます」


 広げられた紙には、継承順位表があった。

 第一王から現王までの主系譜、その脇に側系、妃系、補位、養子、消失、保留。

 注記が細かすぎて最初はうんざりする。

 だがネムが指で追わせると、次第に見えてきた。


「普通、王位継承は主系と補位のあいだで管理されます」

 彼が説明する。

「ですが、ある条件下で、妃系から“王の数えに触る者”が発生する」

「名を持たぬ子とか」

 私が言うと、ネムは頷く。

「ええ。あるいは婚礼前の候補」

「それが抜け穴?」

「まだ半分です」


 彼は次に、婚礼連署簿を見せた。

 古い婚礼の一覧。

 灰色の婚礼衣装の系譜と関係しているのだろう。

 そこへ、赤い印がいくつか付いている。


「本来、婚礼は席を固定します」

 ネムが言う。

「ですが、王都の古い規定では、婚礼前に片方の名が“仮状態”にある場合、席だけが先に接続されることがある」

「また席が先か」

「はい」

「ほんと好きだな、この国」

 

 さらに、供花配分表。

 各王墓、妃墓、副墓、婚礼祠への供花数が記録されている。

 そのうち、五本目、六輪目、二列供えが出る箇所に、奇妙な共通点があった。


「五本目は空きへ」

 エナが言う。

「六輪は二家にひとり混じる」

「そして」

 ネムが継承表へ戻る。

「二重化した十三の余りが、正規の十四ではなく、“抜け穴”のほうへ流れ得る」

 

 私は目を細めた。

「待て」

「はい」

「正規の十四じゃない?」

「ええ」

「じゃあ何だ」

 

 ネムは紙の端のごく小さな注記を指した。

 そこには、ほとんど読めないほど薄い字でこうある。


 “数えに入らぬ者、ただし位に触れし者を仮座へ置くことあり”


「仮座」

 私が読む。

「何だそれ」

「正式な継承順位の外に置かれる、一時的な王位容器です」

「もっとわかりやすく言え」

「王になってはいけない者が、一時的に王の仕事だけを受ける穴」

 

 私は本気で頭が痛くなった。

 つまり、第十四の影が歩いているのは“正式な第十四”ではなく、その手前の仮座かもしれないということだ。

 影。

 未定位。

 次席。

 名をまだ呼んではいけないもの。

 全部つながる。


「抜け穴ってのは」

 私はゆっくり言う。

「王位継承の正式ルートじゃなくて、“仮座”に誰かが入る経路があるってことか」

「その通りです」

 ネムが答える。

「しかも、そこへ妃系、水脈系、名なき子、婚礼前候補が触れ得る」

「最悪だな」

「はい」


 リシェが腕を組む。

「だから王都の各所で、王家の“周辺”ばかりが騒いでいる」

「王本人だけじゃなく」

「王妃候補、婚礼、指輪、鏡、巡礼路、名なき子」

 彼女は静かに列挙した。

「全部、正規の継承線の外側にあるものです」

「そこから仮座へ行けるから」

「ええ」


 私は息を吐いた。

 継承順位の抜け穴。

 王都は王位を厳密に管理しているようでいて、その厳密さの隙間に、古い仮座の制度が生き残っていた。

 正規の王を立てられないとき、あるいは王の耳が欠けたとき、誰かを“仮の受け取り手”として座らせる穴。

 それが今、開きかけている。


「俺が井戸で跪けって命じられたのも」

 私は言った。

「その仮座に関係ある?」

 ネムは少しだけ言い淀み、それから頷いた。

「可能性は高いです」

「可能性って言い方やめろ」

「断定したくないので」

「王都だな」


 エナは何も言わなかった。

 ただ継承表の脇、名なき子に関する薄い注記をずっと見ていた。

 自分がその抜け穴のどこへ立たされているのか、計算しようとしている顔だった。

 それを見て、私は妙に息苦しくなった。

 王位の抜け穴なんて、国の話のはずなのに。

 そこへいつの間にか、彼女の個人的な過去まで接続されている。


「結局」

 私は紙束を見下ろした。

「王都は王を立てる仕組みだけじゃなく、“王を立てそこねたときの穴”まで保存してきたってことか」

「そうです」

 ネムが静かに言う。

「そして今、その穴が使われようとしている」

 

 王都らしい。

 ひどく王都らしいと、私は思った。

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