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やわらかな王の墓  作者: たむ


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77/95

第77話 王妃候補の棺の中身

 灰色の婚礼衣装の件を終えて埋葬部へ戻ると、ユレナの棺の再検分が始まるところだった。


 王妃候補。

 井戸前で昏倒。

 棺の内側には「眠るな」「埋めるな」「指に戻せ」。

 あれを見てから、私はずっと気になっていた。

 彼女は本当にただの亡骸なのか。

 それとも、死に遅れる者たちともまた違う、別の“まだ埋めてはいけない”状態なのか。


 検分室へ入ると、棺は前回より明るい位置へ移されていた。

 窓はないが、灯りが増えている。

 そのせいで、ユレナの顔色が余計に人間らしく見えてしまう。

 眠り姫ではない亡骸。

 リシェの言葉を思い出し、私は自分に釘を刺した。


「今度は何を」

 私が問うと、リシェは答えた。

「棺の底板です」

「底?」

「中身より、下」

 

 棺の中の亡骸を一時的に別台へ移し、白布を掛ける。

 その所作は静かで丁寧だった。

 埋葬官たちは、死者へ触れるときだけ、他のすべてより少しゆっくり動く。

 王都の中で、その遅さだけが人間らしいと私は思った。


 底板を持ち上げると、その下に浅い空間があった。

 隠し箱だ。

 そこに、薄い布包みがひとつ挟まっている。


「やっぱり」

 ダフが低く言う。

「何が」

「棺が軽すぎた」

「そんなのでわかるのか」

「埋葬官ですので」


 布包みを開く。

 中に入っていたのは、細い鎖のついた小さな鏡だった。

 銀ではない。

 白銅に近い鈍い金属。

 鏡面は曇っているが、磨けば使えそうだ。

 そして裏面に、小さな花の彫りと、見覚えのある水滴紋があった。


「第二王妃系」

 リシェが即座に言う。

「また水脈だ」

 私が呟く。


 エナは鏡の裏を見て、低く言った。

「花が六弁です」

「六」

「婚礼衣装と同じ数」

 

 私は鏡の曇った面を見た。

 嫌な予感しかしない。

 でももう、嫌な予感で止まる段階ではない。


「読めるか」

 リシェが問う。

「やるよ」


 私は鏡を手に取った。

 冷たい。

 指輪や井戸水の冷たさに近い。

 鏡面の曇りの奥に、細い線がある。傷か、文字か。

 目を凝らす。


「……“顔を残せ”」

 私は言った。

「“名がほどけても、顔を残せ”」

 

 部屋が静まる。

 婚礼衣装の六輪。

 顔があとで来る。

 五本目の花。

 井戸に映る王。

 ここへ来て、“顔”がまた前へ出てきた。


「続きは」

 ダフが促す。


 私は鏡面の奥をさらに読む。

「“水へ落ちる前に、鏡へ移せ”」

「何を」

 エナが問う。

「顔」

 私は答えた。

「たぶん、王妃候補の」

 

 その瞬間、全員の視線が白布の下のユレナへ向いた。


 リシェがすぐ白布を少しだけめくり、彼女の顔を鏡のほうへ近づける。

 光が当たる。

 曇った鏡面の奥に、ぼんやりと女の顔が映る。

 だが次の瞬間、その像が二重になった。


「……っ」

 私は息を止めた。


 鏡の中のユレナの顔の後ろに、もうひとつ別の輪郭がある。

 顔のない影ではない。

 薄いが、こちらは女の顔に近い。

 ただし年齢が違う。

 もっと上だ。

 第二王妃の指輪で見た、あの“誰か”に近い。


「二重」

 エナが言う。

「やはり」

「何がやはりだ」

 私は問う。


「王妃候補の棺は、ただひとり分の容れ物ではなかった」

 彼女は鏡を見たまま答える。

「顔が移されている」

「誰の」

「たぶん、水脈を通った過去の妃系の顔が」


 リシェの声が少しだけ低くなる。

「だから棺の内側に“指に戻せ”があった」

「指輪と鏡が対になってる?」

「可能性が高い」

 

 私は鏡面を見つめた。

 王妃候補の棺の中身は、女の亡骸だけではなかった。

 その下に鏡があり、そこに別の顔が重なっている。

 名がほどけても、顔を残せ。

 水へ落ちる前に、鏡へ移せ。

 王都は、王だけでなく、王妃や候補たちの“顔”まで保存し、流し、重ねているのかもしれない。


「最悪だな」

 私は言った。

「ええ」

 リシェが答える。

「ですが、これで少し見えた」

「何が」

「王都が、王家の“顔”を井戸へ落とす前にどこへ逃がしているか」


 私は白布の下のユレナを見た。

 彼女は眠っているように見える。

 だが、その棺の中にはすでに別の顔まで入っていた。

 王妃候補の棺の中身。

 それは亡骸だけではない。

 王都が失いたくない“顔”の、仮置き場の一つでもあったのだろう。

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