第76話 灰色の婚礼衣装
翌日、宮廷埋葬部へ妙な依頼が届いた。
王都南区の旧貴族街で、婚礼衣装の保管庫に異常が出たという。
婚礼衣装。
埋葬部と何の関係があるのかと思ったが、王都では生と死の境目にある制度はたいてい埋葬部へ流れてくるらしい。
「婚礼って」
私はリシェへ言った。
「結婚の?」
「はい」
「何で埋葬部が」
「婚礼は名と席を結び直す儀礼です」
彼女は当然のように答えた。
「王都では、埋葬と近い」
「何でも埋葬に近いな、この国」
「だいぶそうです」
現場は、旧貴族街の小さな衣装蔵だった。
石造りの古い家の裏手。
門は閉ざされ、使用人たちが青ざめた顔で立っている。
中へ入ると、布と樟脳と香の匂いが混じっていた。
衣装棚が並び、その中央に一体だけ、灰色の婚礼衣装が吊られている。
「灰色?」
私は思わず言った。
「花嫁衣装って白じゃないのか」
「王都では、白は死と近すぎます」
エナが答える。
「婚礼衣装は灰色か薄青が多い」
「それもこの国らしいな」
問題の衣装は、長い裾を持つ古式のものだった。
布は上質だ。
だが胸元の刺繍の一部が、まるで白い根のようにほどけている。
加えて、衣装の裾に白花が六輪、勝手に縫い留められたように付いていた。
「六輪?」
私は顔をしかめる。
「五本でやばいんじゃなかったのか」
「供花と婚礼花は、数えが少し違います」
リシェが答える。
「ですが、六は悪い」
「端的で助かるな」
使用人の女が震える声で説明した。
「昨夜までは普通でした。今朝、蔵を開けたら、裾に花が……それと、衣装を見た若様が」
「何だ」
「婚礼相手の名を忘れたのです」
私は黙った。
また顔や名の話だ。
王都では本当に、重要なところから先に欠ける。
「婚礼相手は?」
ダフが問う。
「決まっている。なのに、名だけが口から出ないと」
「相手の顔は」
「覚えているようです」
「名だけ」
「はい」
エナが衣装へ近づき、裾の花を数えた。
「一、二、三、四、五……六」
「六輪が何を意味する」
私が問う。
彼女は少し迷ってから言った。
「婚礼花の六は、“二つの家にまだ来ていない者がひとり混じる”と」
「また余計なものが混じるのか」
「はい」
リシェが刺繍のほどけを見ていた。
「読めるでしょうか」
「たぶん」
私は灰色の衣装へ近づいた。
布は冷たい。
婚礼衣装なのに、肌へ寄せる温かさがない。
むしろ埋葬布に近い乾いた冷えだ。
ほどけた刺繍を目で追う。
糸の乱れが文字の形を取る。
「……“ひとり多い”」
私は言った。
「“家は二つ、席は三つ”」
使用人が小さく悲鳴を呑んだ。
ダフがすぐ書き取る。
「続きは」
リシェが言う。
私は裾の白花を見る。
六輪。
そのうち一輪だけ、やはり少し白さが違う。
「“婚礼は名を結ぶ”」
私は読む。
「“空いた席が混じれば、名がほどける”」
なるほど、だった。
婚礼は本来、二つの家と二人の名前を結び直す儀礼。
そこへ“まだ来ていない席”が混じれば、結ばれるはずの名のほうがほどける。
だから若様は婚礼相手の名だけを忘れたのかもしれない。
「これ」
私は灰色の婚礼衣装を見たまま言った。
「次席の影が、婚礼にまで混じり始めてるってことじゃないか」
誰も、その数字を口にしない。
だが全員が同じ意味を受け取った。
エナが静かに言う。
「婚礼も、王都では席を整える儀礼だから」
「王や墓や井戸だけじゃない」
「はい」
「人の結びつきにも、空きが入り込む」
「そういうことです」
使用人の女は青ざめたまま衣装を見ていた。
「若様は、婚礼を延期するべきでしょうか」
リシェは即答した。
「延期では足りません。相手の名が戻るまで、衣装を封じてください」
「戻るでしょうか」
「わかりません」
王都らしい、誠実で残酷な答えだった。
灰色の婚礼衣装。
そこに六輪の花が付く。
たったそれだけで、二つの家を結ぶはずの儀礼へ、“まだ来ていない席”が割り込む。
王都の異常は、ついに王家や井戸や墓の外へ、普通の人間の結びつきのところまで来てしまっているのだと、私ははっきり感じた。




