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やわらかな王の墓  作者: たむ


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75/99

第75話 第十四の名を呼ぶな

 白鈴の巡礼路から王都へ戻る道中、私はほとんど喋らなかった。


 供花の五本目。

 顔はあとで来る。

 空きに花を置け。

 それは王都で私が見てきたことの、あまりにも簡潔な要約に思えた。

 墓標、井戸、王冠、署名のない命令書、顔のない第十四の影。

 全部、先に“空き”を整え、そのあとで誰かをそこへ合わせようとしている。


 エナは取った五本目の花を、布で包んで持っていた。

 捨てないのかと訊こうとして、やめた。

 この国では、危ないものほど簡単に捨てない。捨てた先で、別の形になって戻るからだ。


 王都の門が見えてきたころ、ダフがふいに言った。

「今夜から一つ増えます」

「何が」

 私が問うと、彼は真顔で答えた。

「禁句です」

「嫌な予告だな」

「王都ではよくあります」


 外門をくぐる前、私たちは脇の門務小部屋へ一度通された。

 オルはいなかった。代わりに若い門務書記が二人、緊張した顔で札の照合をしている。机の上には新しい触れ書きが置かれていた。


 ネムがそれを見て、小さく眉を寄せる。

「早い」

「何だ」

「外門・内門・宮城周辺における発語制限」

「発語?」

 私は嫌な予感しかしなかった。


 若い門務書記の一人が読み上げる。

「“第十四に関わる名・呼称・想定名の直接発語を、当面のあいだ制限する”」

「……は?」

「“便宜上、当該対象は『次席』『影』『未定位』等で代替のこと”」

 

 私はしばらく口を開いたまま固まった。

「そこまで行くのか」

「王都ですので」

 ダフが言う。

「最悪だな」

「はい」


 エナが低く言う。

「第十四の名を呼ぶな、ということです」

「名前なんかまだないだろ」

「だからです」

「何で」

「名がないものほど、呼びかたが先に形になります」

 

 その理屈は、王都では十分にあり得た。

 顔がなくても、席がある。

 名前がなくても、呼ばれ方が集まれば輪郭ができる。

 なら、今は“第十四”という呼び方そのものが危ないのかもしれない。


 門務書記はさらに続けた。

「“特に井戸前、巡礼路、副墓前においては、当該数えを声にせぬこと。呼称は水と石に残る”」

「石壁の耳と同じだな」

 私は言った。

「はい」

 ネムが答える。

「水と石が記憶し始めている」

「王都、どこもかしこも媒体みたいになってるな」

「実際、その通りでしょう」


 私は思わず、巡礼路の子どもを思い出した。

 五本目があると、先のひとが来る。

 名前のないひと。

 今や王都は、その“名前のないひと”へ、うっかり呼びかけることすら制限し始めている。


「つまり」

 私は机の触れ書きを見ながら言った。

「今後は“第十四”って言葉自体が、席を近づける可能性があるってことか」

「その懸念です」

 門務書記が答える。

「現時点では仮措置ですが」

「仮で済むわけないだろ」

「王都では、とりあえず仮にしてから定着することがあります」

 

 それは完全に知っていた。


 北区へ戻る途中、私は一度もその数字を口にしなかった。

 意識して避けるほど、かえって頭の中へ浮かぶ。

 顔のない影。

 水に映る王の後ろの像。

 五本目の花が呼び寄せる先の席。

 それらを、もう数字で呼ぶことすら慎まなければならない。


 夜、北区記録倉でサラが触れ書きを一読し、鼻で笑った。

「遅いね」

「遅い?」

「こういうのは、もっと前にやるべきだった」

「呼び方で変わるのか」

「変わるよ。王都は言葉で補強される街だから」

 

 私は椅子に腰を下ろした。

「第十四の名を呼ぶな、か」

「数字だけどね」

「でも、もう名みたいなもんだろ」

「そう」

 サラは頷く。

「名を与えるな。仮称すら置くな。呼びかたが席の輪郭を太くする」

 

 エナは黙って、布に包んだ五本目の花を棚の上へ置いた。

 その横顔を見ながら、私は思った。

 呼ばれないことは保護にもなる。

 だが同時に、呼ばれないまま形だけが先に歩き出せば、もっと危ない。

 王都は今、その綱渡りを国中でやっているのかもしれなかった。

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