第74話 供花の五本目
花を数える子どもから少し離れたところで、私たちは石囲いの外側に集まった。
ダフは記録。
エナは供花の配列。
護衛は周囲の警戒。
私はというと、墓標と子どもと白鈴の遠い音のあいだで、頭の中の断片をどうにか繋ごうとしていた。
四本まで。
五本目があると、先のひとが来る。
まだ名前のないひと。
それは単なる民間伝承ではないだろう。
王都の供花庭で十三への花が二列になっていたときから、花の数えはもう制度の側へ食い込んでいる。
「供花の五本目」
私は呟いた。
「境目なんだな」
「はい」
エナが帳面へ目を落としたまま答える。
「昔から、四までは現にいる者。五から先は、まだ来ていない者に触れる数だと」
「先に言ってくれ」
「今わかってきたことなので」
ダフが補う。
「王都では供花数の基準は場所ごとに違います。ですが五本は、多くの記録で“余りが向こうへ落ちる”数です」
「向こうって」
「名前より先に席がある側」
私は呻きそうになった。
要するに、第十四の影がいる側だ。
石囲いの中では、子どもがまた五本目の花を拾い上げ、別の石へ移した。
その動きは慣れている。
何十回も同じことを繰り返してきた手つきだ。
「もし五本置いたら」
私は問う。
「本当に来るのか」
「来るかもしれません」
エナが言う。
「あるいは、来るための通りができる」
「つまり同じだな」
「はい」
そのとき、風もないのに、石囲いの中の白花が一斉に少しだけ揺れた。
子どもがすぐ顔を上げる。
「だめ」
小さな声だが、はっきりしていた。
「五になった」
見ると、墓標の前に並んでいた花が、いつの間にか一本増えていた。
誰も置いていない。
少なくとも、私の目にはそう見えた。
四本だったはずが、今は五本ある。
一本だけ、花弁の開き方が違う。
他の四本より少し新しい。
まるで、今ここへ届いたみたいな白さだった。
「……見たか」
私が言うと、ダフが低く答える。
「見た」
「どうする」
「取るしか」
「待って」
エナが強く言った。
彼女は墓標の前へ一歩近づき、しかし手は出さない。
「これは、数だけではありません」
「何だ」
「五本目は、誰かの“まだ言葉になっていない供花”です」
「意味が」
「王都では、供花は言葉の代わりでした」
彼女は墓標を見たまま言う。
「なら五本目は、まだ名前も顔も持たない“先の者”の言葉」
私は五本目の花を見た。
たしかに、その花だけが少し違う。
ただ新しいだけではない。
白さが紙に近い。
植物というより、記録へ置かれた余白みたいな白だ。
「読めるか」
ダフが問う。
「花を?」
「ここまで来たら何でもありだ」
「知ってる」
私は石囲いの縁へ膝をつきかけ、そこで止まる。
跪くな。
井戸の歌の二番が、身体の奥で警告する。
だから、膝は折らず、上体だけを落として五本目の花へ目を近づけた。
意味が来る。
歌ほど強くはない。
だが、確かに。
「……“空きに花を置け”」
私は言った。
「“顔はあとで来る”」
子どもが首を振る。
「だめ」
「何が」
「それ、いつもだめ」
その言い方は、覚えている口調だった。
何度も同じ失敗を見てきた子の口調。
「いつも?」
私は聞く。
「いつも、五本目があると、ひとが顔をわすれる」
エナが息を呑んだ。
名ではない。顔。
盲目司祭の言葉を思い出す。
耳が届かぬとき、顔が先に落ちる。
井戸に映る王。
顔のない第十四の影。
供花の五本目は、どうやらその“顔の脱落”とつながっている。
「取るしかない」
ダフが言った。
「だが誰が」
「私が」
エナが答える。
「名の薄い者のほうが、こういうものは外しやすい」
「危険だ」
私が言うと、彼女は短く首を振った。
「皆が危険です」
そのまま、彼女は手を伸ばした。
細い指が五本目の花へ触れる。
瞬間、白鈴の音が道の奥で一度だけ強く鳴った。
子どもが目を閉じる。
私は無意識に息を止めた。
だが、花はちゃんと取れた。
エナはそれを墓標の横の小石へ移す。
四本に戻る。
すると石囲いの空気が、目に見えない程度に少しだけ緩んだ。
風が通ったような感覚。
それだけだ。
だが、それだけで十分だった。
「……本当に違うな」
私は言った。
「はい」
エナは取った花を見つめながら答える。
「五本目は、向こう側に近すぎる」
その花の白さを見ていると、私は第十四の影の顔のなさを思い出した。
顔はあとで来る。
空きに花を置け。
まず席だけを作る。
そのあとで、誰かがそこへ合ってしまう。
「王都も同じだ」
私は低く言った。
「供花庭、井戸、王冠、墓標。全部、五本目みたいなことをやってる」
「はい」
エナが頷く。
「空きを整え、あとの人をそこへ呼ぶ」
白鈴の音は、それ以上近づかなかった。
ただ遠くで一度だけ鳴り、また静かになる。
巡礼路の先で、老人がこちらの処置を見ていたのかどうかは、わからない。
けれど少なくとも、この道では五本目の花が何をするか、子どもと老人と古い墓標は、ずっと前から知っていたのだろう。
供花の五本目。
それは単なる一本の余りではなかった。
顔なき席を現実へ近づける、最初の白い印だった。




