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やわらかな王の墓  作者: たむ


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第73話 花を数える子ども

 白鈴の巡礼路をさらに進むと、小さな祠のような石囲いへ出た。


 屋根はない。

 四角く石を組み、その中央に低い墓標があるだけ。

 周囲には白い花が散り、風もないのに少しだけ動いていた。

 動いているように見えるのは、地面の窪みが多すぎるせいかもしれない。

 ここもまた、誰かが何度も膝をついた跡だ。


「供花が多い」

 ダフが言う。

「数える」

 エナがすぐ帳面を開いた。


 私も石囲いの中へ入ろうとしたが、その前に、奥から小さな影が現れた。


 子どもだった。

 年は八つか九つ。

 痩せている。

 服は粗末だが、手だけが妙に丁寧に動く。

 その子は地面へ散った白い花を一本ずつ拾い、墓標の前へ並べ替えていた。


「おい」

 護衛が声をかけると、子どもは驚きもせず顔を上げた。

「何してる」

「数えてる」

 子どもは当然のように答えた。

「花を」


 私は近づき、しゃがみ込んだ。

「誰に言われた」

「鈴のひと」

「白鈴の老人か」

「名前は知らない」

 

 子どもの目はまっすぐだった。

 恐れていないわけではない。

 ただ、恐れより“仕事をしている”感覚のほうが強い顔だ。

 それがこの国らしくて、少し嫌だった。


「何で花を数える」

 私は問う。

 子どもは少し考え、それから言った。

「多いと、あふれるから」

「何が」

「声」


 エナの手が止まった。

 ダフも顔を上げる。


「どんな声」

 私はさらに聞く。

「まだ死んでないひとの声」

 

 私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 死者の声ではない。

 まだ死んでいない人の声。

 つまり、ここへ供えられた花は、過去のためだけでなく、これから死に近づく者のためにも置かれているのかもしれない。


「花はいくつ並べるんだ」

 エナが静かに問う。

「四つまで」

 子どもは即答した。

「五つ目があると、先のひとが来ちゃう」

「先のひと?」

「まだ名前のないひと」

 

 私は思わず息を止めた。

 第十四の影。

 顔の定まらない席。

 花を五つにすると、まだ名前のない者が近づく。

 それは迷信としても、今の王都では十分すぎるほど現実に近い。


 子どもは墓標の前の花を数え直していた。

 一、二、三、四。

 五本目を手に取ると、少し離れた別の石の上へ移す。

 その手つきは真剣で、遊びではないとすぐわかった。


「誰の子だ」

 護衛が問う。

「いない」

「村は」

「もうない」

 

 その言い方に、ダフが目を伏せた。

 巡礼路の近くには、潰れた集落や捨てられた礼拝所が多いのだろう。

 王都の外縁には、こうして“数の遅い”どころか、数から零れた子どもがいる。


「名前は」

 私は聞いた。

 子どもは少し考えたあと、首を振った。

「呼ばれるのは、まだ」

 

 その答えは、もうこの国では十分すぎるほど重かった。

 呼ばれていない子。

 名をまだ置かれていない子。

 花を数えて、先のひとが来ないようにしている子。


 エナが低く言う。

「ここは、名なき子の石かもしれません」

「墓標の種類?」

「はい。増えた拓本のひとつに近い」

「名を持ちきれぬ子の石」

 私は呟いた。

「つまり、この子は」

「近い場所にいる」

 

 子どもは私たちの会話を気にせず、花をまた並べた。

 四本まで。

 それ以上は横へ。

 単純なルール。

 だが、その単純さが妙に怖い。

 王都の複雑な制度の外で、子どもがもっと単純な方法で異変を抑えているのだ。


「鈴のひとは何て言った」

 私は問う。

 子どもは墓標を見たまま答えた。

「花を五つにしないでって」

「それだけ?」

「あと、膝を置くなら、名前を口にしないでって」

 

 石壁の耳と同じだ。

 呼ばれた名は壁が覚える。

 巡礼路でも、跪くなら名を言うな。

 王都の外へ漏れた異常が、同じ規則で動き始めている。


「君、ここにひとりでいるのか」

 私が問うと、子どもは初めて少しだけ顔を上げた。

「ちがう」

「誰かいる?」

「声が」

 

 私はそれ以上、すぐに言葉を継げなかった。

 この子にとって、声は寂しさの言い換えではない。

 もっと現実的な何かだ。

 花の数を間違えるとあふれる、まだ死んでいない人の声。

 それと一緒にいる、と言っている。


「連れて帰るべきでしょうか」

 護衛が小声で言う。

「無理です」

 エナが即座に答えた。

「こういう子は、無理に移すと声のほうがついてきます」

「声が、か」

「はい」


 私は子どもを見た。

 花を数える子ども。

 名前はまだない。

 だが、この子は王都の誰よりも正確に、“五つ目”の危険を知っているのかもしれなかった。

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