第68話 記録帳の改竄
石壁の耳の一件が落ち着く前に、埋葬部の古記録庫で、さらに厄介なものが見つかった。
改竄された記録帳である。
発見したのは、最初に私を壁へ呼んだ若い書記役だった。
顔色の悪い彼は、今度はもっと怯えた様子で、帳面を両手で抱えていた。
まるで中に虫でも詰まっているみたいに、腕を伸ばして持っている。
「これ」
彼は言った。
「昨日までと、書いてある行が違います」
「またそういう」
私は額に手を当てた。
「王都で一番聞きたくない報告だな」
「知っています」
書記役の声は本気で震えていた。
古記録庫の閲覧卓に、その帳面は広げられた。
革表紙。擦り切れている。
年代はかなり古い。第四王から第七王期の副墓巡礼記録らしい。
紙は黄ばんでいるが、書き込みの一部だけが妙に新しい。
上書きというより、古い字の奥から別の文が浮かんでいる感じだ。
「改竄された、でいいのか?」
私が問うと、リシェは答えた。
「人の手で書き直された可能性と、記録の側が変質した可能性、両方あります」
「王都すぎるな」
「同意します」
エナが帳面の余白を見ていた。
「ここ、削られています」
「何が」
「人名欄」
私は身を乗り出す。
たしかに、いくつかの行で、名前だけが薄くなっている。
行動記録や供花数は残っているのに、人名だけがうまく消えている。
「余った名は虫へ、ってやつか」
私は呟いた。
「あるいは」
ダフが言う。
「名だけ抜いて、記録は使い回した」
「それも最悪だな」
私は帳面へ手を置きかけ、エナに止められた。
「まず見て」
「最近それ多いな」
「最近、触ると余計なものまで来るので」
「知ってる」
私は目で行を追った。
最初の数行は普通の巡礼記録に見える。
どの副墓へ行き、何を供え、誰が同行し、どこで一泊したか。
だが途中から、文のつながりがおかしい。
人名の抜けた場所だけでなく、順番そのものがずれている。
「……“第六王墓巡礼、第七補位同行”」
私は読んだ。
「“ただし名を記さず”」
「補位?」
ネムが反応する。
「王位継承補助順位の古称です」
「そんなのまで巡礼に」
「古い時代にはありました」
私は次の行を読む。
「“副墓にて欠けた者を数え直す”」
「また数え直し」
ダフが言う。
「しつこいな」
「しつこいくらい繰り返されてるってことだろ」
私が答える。
さらに次。
「“記録より先に席を定めるな”」
部屋が静かになる。
私はその一文を見たまま、妙な圧を感じた。
今の王都がまさにやっていることの逆だ。
記録より先に席が動き、王格が付着し、第十四の影が廊下を歩いている。
つまり、この古記録は、その危険をすでに知っていた。
「誰かが消したかったのはここか」
リシェが低く言う。
「続けて」
私はさらに読み進める。
名の消えた欄の周辺だけ、意味が妙に濃い。
「“名を持たぬ子を巡礼へ混ぜるな”」
今度は、エナが完全に動きを止めた。
私はそちらを見た。
彼女は帳面を見ているが、視線はもっと深いところへ落ちている。
「……」
「エナ」
私が小さく呼ぶと、彼女は一度だけ瞬きをした。
「聞こえています」
「これ」
「はい」
「君のことを言ってる可能性あるか」
「あると思います」
リシェが静かに帳面を閉じかけ、しかし止めた。
「続けるべきか」
「続けてください」
エナははっきり言った。
「今さら避けても仕方ありません」
私は息を整え、最後の読める一行をたどった。
「“名なき同行者は、後に王の数えへ混じる”」
誰もすぐには言葉を発しなかった。
改竄された記録帳。
そこに消されていたのは、過去の巡礼だけではない。
名を持たぬ子。巡礼へ混ぜるな。後に王の数えへ混じる。
エナの出自と、王墓の近くで見つかった子という事実が、古い副墓巡礼の禁とつながってしまう。
「改竄だな」
私はようやく言った。
「消したかったんだ。こういう記録を」
「はい」
リシェが答える。
「そして今、その穴のまわりで何かが再び動いている」
「王都らしい」
ダフが低く言う。
帳面の頁は静かだった。
だが、その静けさは読み終わったからではない。
人名が消され、行の順がずれ、必要な一文だけが残るように傷んでいる。
過去を食べる虫か、人の手か、あるいはその両方か。
どちらにせよ、王都は昔から“王の数えへ混じるもの”を怖れていたのだろう。
そして今、その怖れが戻ってきている。
名を持たぬ者の形を借りて。
第十四の影の形を借りて。




