第61話 墓標の増える廊下
昼食のあと、私は埋葬部の下級書庫へ連れて行かれた。
書庫といっても、監査局のような整然とした記録棚ではない。
石の廊下の片側に、墓標の拓本や古い埋葬記録、供花配置図、鐘観測表が並べられている。
資料室というより、廊下そのものが記録の延長になっている感じだ。
埋葬部では、歩くことと記録を読むことがほとんど同じ動作になっているのかもしれない。
最初に異変へ気づいたのはエナだった。
「増えています」
「何が」
私が問うと、彼女は廊下の壁を見た。
「墓標の拓本です」
壁際には、歴代王墓や副墓、地方巡礼墓標の拓本が額装されていた。
私も昨日通ったはずだ。
そのときは確か、左右合わせて十数枚ほどだった。
だが今は明らかに多い。
同じ壁の長さなのに、額の数が増えている。隙間が減っているのだ。
「気のせいじゃないか」
と言いかけて、私はやめた。
この国では、そういう逃げ方はたいてい間違っている。
ダフが数え始める。
「昨日の配置図では十八……今は二十二」
「増えてるな」
「はい」
「誰が追加した」
「申請記録はありません」
私は壁の拓本を見た。
新しく増えたらしいものは、紙が白い。まだ古びていない。
地方の小墓標、巡礼路の石板、名もない副墓の拓本らしい。
だが、増えたというより、気づけば“最初からあった”顔でそこに掛かっているのが不気味だった。
「勝手に掛かるわけじゃないだろ」
私が言うと、リシェが答える。
「普通は」
「普通は、か」
「王都の異常は、まず“配置の自然化”から始まることがあります」
「何だそれ」
「最初は誰かが違和感を持つ。少しすると、前からそうだったように見え始める」
私は背筋をさすった。
それは単なる怪異以上に気持ちが悪い。
物が増えるより、増えたことへ慣らされるほうが怖い。
「読めるか」
エナが低く訊く。
「やるしかないか」
私は新しい拓本のひとつへ近づいた。
地方の副墓らしい。文字は摩耗している。
それでも意味が来る。
「……“余った名を置く”」
私は口にした。
「“王になりきらなかった者を置く”」
ダフが筆を止める。
「何ですか、それは」
「副墓の役割かもしれない」
私が答える。
「続きは」
別の新しい拓本へ視線を移す。
これも読める。
「“順から零れた血を置く”」
「血」
エナが繰り返す。
「王家の傍流?」
「かもしれない」
「あるいは、王妃系」
リシェが低く言う。
私は三枚目を見る。
地方巡礼墓標らしい小さな拓本だ。
「“名を持ちきれぬ子の石”」
そこで、エナの顔色がわずかに変わった。
王墓の近くで見つかった子。
彼女自身の出自が、頭の中で重なる。
「つまり」
私は壁一面を見回した。
「新しく増えた拓本は、みんな“余り”や“零れ”のための墓標だ」
「王になりきらなかった者、順から漏れた血、名を持ちきれぬ子」
リシェが静かに列挙する。
「数え直しに合わせて、関連する墓標が前へ出てきている?」
「あるいは」
ネムが廊下の入口から現れ、会話へ加わる。
「我々がそれに気づく順番へ入った」
それもまた、王都らしい考え方だった。
墓標が増えたのか、気づく順番に入っただけなのか。
どちらにせよ、結果は同じだ。
見えていなかったものが、今はもう見える。
「廊下に墓標が増えるって」
私は言った。
「実質、王都の中の席が増えてるようなもんじゃないか」
「はい」
エナが答える。
「王の席そのものではなくても、その周辺の“置き場所”が増えている」
「それが何を意味する」
「王都が、余りを処理しきれなくなっている」
その一言に、ひどく納得した。
十三が二重に数えられ、十四へ王格が流れ、死に遅れる者が白紐を巻かれ、署名のない命令が空欄へ墓を入れる。
今度は墓標の側で、“余り”の置き場所が増えている。
王都の制度は、零れ落ちるものの数だけ墓を増やして延命してきたのかもしれない。
私は廊下一面の拓本を見た。
増えたというより、増えざるを得なかった顔だ。
王都は何かが漏れるたび、そのための記録と墓標を足してきた。
けれど今、その追加の速度が追いつかなくなりかけているのだろう。
「墓標の増える廊下、か」
私は呟く。
「廊下が伸びる前に、こっちが飲まれそうだな」
「はい」
ダフが真顔で言った。
「その危惧は正しいです」




