第52話 宮廷埋葬官たち
王との短い対面のあと、私はそのまま宮廷埋葬部の執務区画へ引き渡された。
引き渡された、というのがやはり一番しっくり来る。
私の意思や感想を挟む余地はない。王と会い、王都の記録へ組み込まれた以上、次にどの部署が私を使うかは、ほとんど既定路線なのだろう。
宮廷埋葬部は、宮城の中でも独特の匂いがした。
香。古紙。石灰。乾いた花。
死者のための仕事をする場所なのに、腐臭はない。
その代わり、徹底して“死を処理するための清潔さ”がある。
それがかえって不気味だった。
広い執務室へ入ると、十人近い黒衣の埋葬官たちが机に向かっていた。
年齢はさまざまだ。
若い者、中年、かなり年嵩に見える者。
だが皆、似た空気を持っている。
静かで、疲れていて、目だけが妙に覚めている。
王都の役人とも兵とも違う。
何度も他人の終わりを扱ってきた人間の、少し奥へ引いた感じだった。
私たちが入ると、視線が集まる。
敵意ではない。
だが歓迎でもない。
“これがそうか”という、仕事上の確認の目だった。
「読手を連れてきた」
セリオが告げる。
「本日以後、井戸観測・墓記録照合の臨時立会いに加える」
ざわめきは起きない。
起きないこと自体が、埋葬部の訓練の深さを感じさせた。
だが、数人の眉がわずかに動いたのは見えた。
机のひとつから、背の高い女が立ち上がった。
三十代後半くらいだろうか。
黒衣の上へ灰色の肩布を掛け、髪をきつくまとめている。
目が冷たいというより、判断が早そうな目だった。
「記録監督官、リシェ」
彼女は名乗った。
「地方付き見習いのエナは知っています」
「はい」
エナが一礼する。
「では話も早い」
リシェの視線が私へ移る。
「あなたが墓を読む異邦人」
「そう呼ばれてる」
「自分では?」
「まだ自分の名前でいたい」
リシェは一瞬だけ目を細め、それから頷いた。
「良い答えです。ここでは、名を手放すのが早い者ほど壊れやすい」
「埋葬官なのに?」
「埋葬官だからです」
私は少し驚いた。
もっと冷たく、役に押し込める態度を想像していた。
だが宮廷埋葬官たちは、役と名の危ういバランスをよく知っているのかもしれない。
室内の一角には、低い棚と大きな黒板のような板があった。
そこへ白墨で、井戸の変化、鐘の沈み、墓廊の呼吸、供花数の偏りなどが一覧化されている。
つまり、彼らは毎日、王都の死の気配を数値と項目へ落としているのだ。
「何かの研究所みたいだな」
私が言うと、リシェが答える。
「研究ではありません。延命です」
「誰の」
「王都の」
その言葉は、かなり本気だった。
別の机から、若い男の埋葬官が近づいてきた。
背は低いが目つきが鋭い。
昨夜、墓守の誓いの話を運んできた若い埋葬官とは別人だ。
「記録埋葬官補、ダフ」
彼は名乗った。
「あなたを守る側と、疑う側が、ここには半々います」
「率直だな」
「埋葬部は忙しいので」
私は思わず苦笑した。
「どっちが多い?」
「時間帯によります」
「さらに率直だ」
ダフは机上の束から何枚かの紙を抜き出した。
「あなたには、これまでの異常観測の抜粋を見てもらいます」
「いきなり仕事か」
「王命ですので」
「知ってる」
エナは部屋の端にある供花棚へ行き、花の数を数え始めた。
見習いでありながら、すでにこの空間に馴染んでいる。
いや、馴染んでいるというより、“戻ってきた”感じがあった。
やはり彼女はただの地方付き見習いではないのだろう。
埋葬官たちの動きは、役人より無駄が少なく、兵より静かだった。
話すときは要点だけ。
だが、その要点の裏に、各自の宗派や経験や迷信が薄く残っている。
王都の制度人でありながら、完全には制度へなりきらない。
その微妙なねじれが、この部署を少し人間らしく見せていた。
「宮廷埋葬官って」
私はダフへ言った。
「王の側なのか、墓の側なのか、よくわからないな」
「良い観察です」
彼は即答した。
「たぶん、そのどちらにもなりすぎないための部署です」
「なりすぎると?」
「片方へ引きずられます」
「王に?」
「あるいは墓に」
私はそれ以上聞かなかった。
聞かなくても、ここで働く人間たちの顔がその答えの半分になっていたからだ。
王を近くで見ていれば同情へ寄る。
墓を近くで見ていれば制度の冷たさへ寄る。
その間に踏みとどまるのが、宮廷埋葬官たちの仕事なのかもしれない。
そして、私はその仕事の一番面倒な部分へ、今から巻き込まれようとしている。




