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やわらかな王の墓  作者: たむ


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第48話 墓が呼んだ理由

 半身の間から少し離れた小部屋へ移され、私たちはようやく椅子へ座ることを許された。


 許された、という感覚になるのがもう嫌だった。

 王都では座ることひとつにも文脈が付く。

 それでも膝の力が抜けたのは事実で、私は椅子へ腰を下ろした途端、思った以上に疲れていたことを知った。


 セリオは扉の前に立ったまま、私へまっすぐ言った。

「王はあなたへ水の話をすると言った」

「そうだな」

「それは偶然ではありません」

「井戸の歌を聞いたから?」

「ええ。もっと正確に言えば、墓があなたを呼んだ理由に近いからです」


 私は顔を上げた。

「墓が呼んだ理由」

「はい」

 セリオは答える。

「今まで我々は、墓が読めるからあなたを呼んだのだと思っていた」

「違うのか」

「読むことは条件であって理由ではない可能性が出ました」


 ネムが卓上へ一枚の紙を広げた。

 宮城の古井と地方井戸の系統図らしい。線がいくつも引かれ、村の位置にも印がある。


「王都の井戸と地方の井戸は、単なる水脈ではなく“数えの通路”でもあります」

 彼が言う。

「数えの」

「王都では、井戸は渇きの選別を行う。地方では、共同体の死や供花や沈黙を薄く集める」

「墓へ流すためか」

「その可能性が高い」

 

 私は図の上の村の印を見た。

 私が落ちた村。

 白い根、墓標、首を抱く王の石像、空を見上げぬ村人たち。

 あそこがただの辺境ではなく、王都の井戸系統の末端だったのだとしたら。


「じゃあ俺は」

 私はゆっくり言った。

「村へ落ちた時点で、王都の水脈に触れていた?」

「はい」

 エナが答える。

「師匠は、墓が人を呼ぶとき、たいてい“乾いた場所”ではなく“湿った縁”へ落とすと言っていました」

「湿った縁」

「井戸、墓の根元、崩れかけた文書庫、巡礼路の終点」

 

 なるほど最悪だった。

 私は偶然そこへ落ちたのではなく、最初から墓にとって“流し込みやすい場所”へ出された可能性がある。


「それで、理由は」

 私は促した。


 セリオは少し間を置き、はっきり言った。

「墓は、読む者ではなく、“流れをつなぐ者”を必要としているのかもしれません」

「流れ」

「王都と地方、王墓と井戸、供花と記録、飢えと死」

「そんなの俺じゃなくても」

「いいえ」

 エナがきっぱり言う。

「あなたは外から来た」

「外から来たから何だ」

「この国の順番の中に生まれていない」

 

 私は黙った。

 その指摘は、単なる異邦人扱い以上に核心を突いていた。

 私はこの国の継承順位にも、埋葬の習いにも、供花の意味にも、生まれた時点では組み込まれていない。

 だから、どこかひとつの席に固定されず、流れのあいだを見られる。

 あるいは、見させられる。


「墓は、内側の人間には見えない継ぎ目を、お前に読ませたいのだろう」

 セリオが言う。

「なぜなら、内側の者は自分の席からしか見ないからだ」

「それで俺か」

「今のところは」

 

 ネムが補う。

「王都の人間は、井戸を井戸として、墓を墓として、勅令を勅令として別々に扱いがちです」

「部署が違うからな」

「ええ。ですが、あなたは最初からそれらを一続きの異常として経験している」

「経験したくてしたわけじゃない」

「そういう人間ほど、制度の外から継ぎ目を見ることがあります」


 墓が呼んだ理由。

 読むためではなく、つなぐため。

 王都と村の井戸を、供花の二列を、鐘の沈みと勅令のひびを、別々ではないものとして認識するため。

 それは嬉しくないが、たしかに私が今やらされていることそのものでもあった。


「じゃあ王が水の話をすると言ったのは」

 私は図から目を離さずに言う。

「俺がその“つなぎ”へもう触れてるからか」

「はい」

 エナが答える。

「井戸の歌をあなたが聞けるのも、そのためだと思います」

「歌の意味は、まだよくわからない」

「でも、聞ける」

「うん」


 そこが大きいのだろう。

 王都の人間には聞こえない底の歌。

 墓の根が問いかける言葉。

 それらは私にとって、恐怖であると同時に、役割の入口にもなっている。


「流れをつなぐ者、ね」

 私は小さく呟いた。

「それって、結局は中継地点だな」

「元の仕事に似ていますか」

 ネムが言う。

「似すぎてて嫌になる」


 部屋にわずかな沈黙が落ちた。

 だが、その沈黙は重いだけではなかった。

 今まで断片だったものが、少しだけ一本の筋になり始めている。

 墓が呼んだ理由は、王を決めるためだけではない。

 国の裂け目を読むためなのかもしれない。

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