第45話 生きている墓
埋葬塔の最下層に近いところで、セリオは私たちを小さな石室へ案内した。
部屋というより、保管庫だった。
壁際に低い棚があり、その上へ灰白色の小さな箱が整然と並べられている。骨箱にも見えるし、文書箱にも見える。蓋には数字だけ。名前はない。
中央の机の上には、ひとつだけ蓋の開いた箱が置かれていた。
「見せるのは本来、禁じられています」
セリオが言う。
「ですが、今さら禁を数えても遅い」
「この国、最近そればっかりだな」
「そうです」
私は机へ近づいた。
箱の中には、髪のような細い黒い糸束と、小さな布片、それから乾いた花びらが入っていた。
死者の遺品にも見える。
けれど、死者のものとしては妙に整いすぎている。
「何だこれ」
「第十三王の、外へ預けられた一部です」
セリオが答える。
「髪、祈祷布、供花の残り」
「それを何で箱に」
「王の半分を支えるため」
「さっきも聞いた。でも、支えるって具体的に」
エナが静かに言った。
「王は即位すると、半分死ぬ」
「うん」
「その死んだ半分は、ひとつの墓へ収まりきらない」
「だから分けて置く」
「はい」
「……生きてる人間の墓を分散してるのか」
その言葉が口から出た瞬間、私は自分でぞっとした。
セリオは否定しなかった。
「近いです」
私は箱を見つめた。
髪。布。花びら。
どれも生きた人間から切り離されてもおかしくないものだ。
けれど、それを“王の半分”の保管として扱うと、急に意味が変わる。
これは遺品ではない。
まだ生きている者の、すでに墓へ属してしまった部分だ。
「生きている墓だな」
私は言った。
エナが小さく頷く。
「王墓はそういうものです」
部屋の隅に、もうひとつ別の箱があった。
蓋は閉じている。
数字だけが薄く刻まれている。
“14”に見えた。
「おい」
私は指差した。
「あれは」
セリオの顔が初めて少しだけ硬くなった。
「まだ触れないでください」
「第十四?」
「正式には、そうではない」
「正式には、か」
「保留箱です」
「何を保留する箱だよ」
「王格の付着を」
私は言葉を失った。
王格の付着。
人に王らしさが付くのではなく、何かの箱へ先に付着する。
そしてそれが保留されている。
王国はここまできてもなお、個人ではなく“状態”を管理しているのだ。
「つまり」
私はゆっくり言った。
「第十四の王として数えられ始めた何かが、まだ人に確定してない」
「その通りです」
ネムが低く答えた。
「だから“第十四の王が死んだ”と“第十四位が王格を帯びた”が、同時に成立し得る」
「最悪の言い換えだな」
「ですが事務的には重要です」
私は十四の箱から目を離せなかった。
蓋は閉じている。
何が入っているのか、わからない。
だが入っていること自体が、もう不気味だった。
人になる前の王。
席へ満ちる前の何か。
箱のほうが先に存在している。
エナが机上の十三の箱を見つめながら言った。
「師匠は、埋葬塔が王墓より怖いと言っていました」
「何で」
「墓はまだ“終わり”としてわかるから」
「塔は?」
「終わりが分散して、生きたまま保管されている」
それは、本当にそうだった。
死は一度きりの出来事だと思っていた。
だがこの国では、王は死を前払いし、その一部を塔や墓や箱へ配布して回る。
人ひとりの終わりが、複数の場所へ分割払いされている。
私は胸の奥に鈍い吐き気を覚えた。
王がかわいそうかどうかではない。
そんな感想で済ませてはいけない種類の仕組みだ。
王はここで、人間であることを細かく削られ、王国の各所へ預けられている。
「それでも王になる者はいるんだな」
私が呟くと、セリオはしばらく黙ってから言った。
「この国では、なるというより、そう読まれる者がいるのです」
読まれる。
またそこへ戻る。
誰が王を数えるのか。
墓、塔、供花、記録、関所、勅令。
全部が別々に王を作ろうとしている。
そして今、私はその読みの場へ連れてこられている。




