第41話 王都の門は低い
翌朝、私は本当にもう一度、王都の門へ連れて行かれた。
冗談ではなかった。
しかも今度は宮城からでも監査局からでもなく、北区記録倉から、かなり早い時刻に荷車へ乗せられての移送だった。護衛は前回より少ない。代わりに同行者が妙だった。
セリオ。
エナ。
ネム。
それに、門務を扱うらしい白衣の老役人が一人。
王都の中心と周縁と記録の人間が、わざわざ門を見に行く。
それだけで嫌な予感しかしない。
「説明は」
私は荷車の揺れに耐えながら言った。
「門へ着いてから」
セリオが答える。
「嫌なやつだな」
「王都の説明は、現物の前で行うほうが早い」
「それで納得できた試しがない」
北区から王都外門へ向かう道は、まだ人が少なかった。市場も開ききっておらず、配給列も短い。低い屋根の間を、朝の薄い灰色が流れている。
それでも誰も空を見ない。
朝でも、王都では見上げる理由がない。
やがて外門が見えてきた。
王都へ初めて入ったとき、私は高いというより深い門だと思った。
今回も印象は同じだったが、よく見ると確かに“低い”。
巨大ではある。だが、垂直に誇示する高さではない。人を呑む口のように、横と奥行きで圧を作っている。
「低いだろう」
白衣の老役人が言った。
声はしゃがれているが、耳の奥へ残る響きがある。
「これが王都の門だ」
「前も見た」
私は答える。
「けど、今さら何を」
「前は通っただけだ」
老人は歩みを止め、門の石肌を杖で叩いた。
「今日は“入る”のだよ」
その言い方に、背中が少し冷えた。
「違いは?」
私が問うと、老人は私をちらりと見た。
「通された者と、受け入れられた者の違いだ」
「前は通された」
「ええ」
ネムが静かに言う。
「監査局預かりの物証として」
「今は?」
「決まりかけている」
セリオが答える。
「何に」
「まだ言語化しないほうがよい」
私はため息をついた。
「言語化しないで済むことが一番増えてるな、この国」
「その通りです」
エナが言った。
「だから先に門を見せるのでしょう」
門前には早朝だというのに、人の列がいくつもできていた。
外から入る荷車。外縁へ出る修道士。配給札の更新に来た女たち。兵の交代。葬送車。
どの列も声が低い。叫ばない。揉めない。
揉めたところで門の前では誰も勝てないと知っている沈黙だった。
白衣の老人は私たちを列から外し、門の脇にある小さな石室へ通した。
中には木机が一つ、壁に古びた門図、そして浅い水盤。
中央の棚に、細い木札が何枚も立てられている。
「門務記録室だ」
老人が言う。
「名はオル」
「門番?」
「半分」
彼は笑った。
「残り半分は、入都の記録係だ」
また半分だ。
もう驚かない。
オルは棚から一枚の札を抜き取った。
「これが、お前が前回通ったときの通過札」
差し出された札には、私の仮登録名と監査局預かりの印。
だが、裏面に薄くひびのような線が走っていた。
「これも割れてる」
私が言うと、オルは頷いた。
「入都が完了しておらぬ札は、よく割れる」
「入都って完了するものなのか」
「普通はする」
「俺は?」
「まだしておらぬ」
私は札を手にした。読める気がする。
裏面のひびへ視線を落とすと、文字ではないのに意味が浮いた。
――通りし者。まだ内にあらず。
「……最悪だな」
「読めたか」
オルが訊く。
「うん」
「なら話が早い」
彼は門図を指した。
門の構造だけではない。内外の区画、配給路、葬列路、記録路まで色分けされている。
「王都には、門が三つある」
オルが言う。
「石の門。記録の門。数えの門」
「物理と、書類と、制度ってことか」
「よい頭だ」
「褒められても嬉しくないな」
「王都での褒め言葉はだいたいそうだ」
ネムが補う。
「前回、あなたは石の門は通った。記録の門も仮に通った。ですが」
「数えの門がまだ」
「はい」
私は札を見下ろした。
「だから“通されたけど受け入れられてない”」
「ええ」
エナが言う。
「今のあなたは、王都に存在しているのに、王都の正式な数えに入っていません」
その状態は、少しだけありがたく、かなり不気味だった。
所属しきっていないから自由が残る。
だが所属しきっていないから、どこへでも押し込める。
「じゃあ今日は」
私はゆっくり言った。
「俺を数えに入れるため?」
「あるいは」
セリオが静かに答える。
「どの数えへ入るのか確かめるためです」
門の外で、車輪の軋みが響いた。
王都の門は低い。
人を見上げさせないために低いのではなく、人を頭から呑み込むために低いのだと、そのとき私は妙にはっきり理解した。




