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やわらかな王の墓  作者: たむ


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第38話 誰が王を数えるのか

 北区記録倉へ戻ったころには、日がかなり傾いていた。


 道中の死体と棺は別室へ回され、サラが北区の検分役を呼びに行く。ネムは届け損ねた封書の封印を確認し、開封手順の書式を整え始めた。エナは棺の中の女へ添えられていた二輪の白花を、布で包んで机の端へ置いた。

 どの動きも静かで、手慣れていて、だからこそ余計に嫌だった。

 王都では異常が起きるたび、人が慣れた手つきになる。


「開けるのか」

 私はネムへ問う。

「封書」

「はい」

「今ここで?」

「本来は差出と受取の立会いが必要です」

「本来は、か」

「今は本来が死んでいるので」


 その言い方に、私は少しだけ笑った。

 笑っていい種類の冗談ではないが、こういうとき人は変に笑う。


 封は慎重に切られた。中から出てきたのは、短い照会文と一覧表が一枚。

 一覧表には番号だけが並んでいる。十三、十四、そしてその下に細かな注記。


「読めるかもしれません」

 エナが紙をこちらへ寄せる。

「たぶん」

 私は受け取り、字面を追った。


 監査局の普通の書式に見える。だが、文中の一部が妙に古い言い回しだ。読める。

 私は低く読み上げた。


「“第十三席に対する供花の偏りを確認。第十四候補位に対し、王格記録の早期付着あり。数えの起点につき、再照合を乞う”」

 

 部屋が静まった。

 ネムが顔をしかめる。

「王格記録の早期付着」

「つまり?」

 私が問う。

「本来、王になってから付くはずの記録上の扱いが、先に付き始めている」

「第十四に」

「はい」


 エナは布に包んだ二輪の花を見た。

「供花の偏り……」

「供花庭の話と一致するな」

 私は言った。

「十三が二重に数えられ、その余りが十四へ流れる」

「そして、その照会文を運んでいた書記が死んだ」

 サラが戻りながら言った。

「偶然と思う?」


 誰も答えなかった。

 思わないからだ。


 私は一覧表へ目を落とした。

 十三の下に、見慣れない記号が二つ付いている。

 まるで片方は王本人、もう片方は墓そのものを指しているみたいだった。


「なあ」

 私は紙を指した。

「これ、王を数えてるんじゃなくて、席を数えてるんだよな」

「ええ」

 ネムが答える。

「王本人ではなく、王位の器を」

「じゃあ、“誰が王を数えるのか”って話になる」

「監査局、埋葬部、祈祷院、王家、地方文書庫……複数です」

「だからねじれる」

 

 サラが鼻を鳴らした。

「複数というより、皆が勝手に数えてるんだよ」

「王都らしいな」

 私が言う。

「中心があるようで、実際には各部署が別々の王を見ている」

「その通り」

 サラが頷く。

「兵は動く王を見る。祈祷院は祈る王を見る。監査局は数字の王を見る。埋葬部は埋まる王を見る」

「で、どれが本物なんだ」

「全部で、全部ずれてる」


 それはひどく正確な感じがした。

 王というものが一人の人間ではなく、席と役割と記録の重なりなら、見る立場ごとに別の王が見える。

 だから第十三は二重にもなり、第十四は先に王格を帯びる。


 エナが静かに言った。

「墓は、誰を王と読むかと問いました」

「うん」

「つまり、読む主体が複数あるということです」

「俺だけじゃない」

「はい。あなたはそのひとつ」

 

 私は机へ肘をついた。

 読み手。

 監査局も読む。埋葬部も読む。供花も読む。井戸も根も、ある意味では読んでいる。

 この国は、王を一人で決めているわけではない。

 複数の制度が、複数のやり方で“王らしさ”を寄せ集めている。


「じゃあ、数え直しって」

 私はゆっくり言った。

「その読み方同士が食い違い始めてるってことか」

「その可能性が高い」

 ネムが答える。

「そして、食い違いを最初に受けるのが墓」

「次が記録」

「最後に人間です」

 

 順番まで最悪だった。

 人はいつも最後に気づく。


 北区の窓の外で、荷車がきしむ音がした。

 どこか別の倉へ、また何かが運び込まれているのだろう。

 この都では、人も死も情報も、止まらず流れる。

 ただ、その流れを数える人間が多すぎる。

 多すぎるから、いつか必ずずれる。


「誰が王を数えるのか」

 私はもう一度呟いた。

「答えは“全員”で、そのせいで壊れかけてるんだな」

「ええ」

 エナが言う。

「全員で数えるものは、誰のものでもなくなりやすいので」


 その言葉が、妙に胸に残った。

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