第37話 道中の死体
その日の午後、北区記録倉へもうひとつ、よくない報せが届いた。
王都北方街道の中継地点で、荷馬車が止まったままになっている。御者は逃げ、荷台に死体が一つ、そして棺が一つ。通行証はあるが、届け先が削れて読めない――という内容だった。
北区は王都と外縁のあいだの緩衝帯だ。行き先を失った荷や人は、とりあえずここへ回ってくる。
「どうしてうちばかり」
サラが言った。
「見捨てられやすいからです」
ネムが即答する。
「知ってるよ」
結局、私たちは現場確認へ出ることになった。
サラ、エナ、私、護衛二名。ネムは北区で記録整理に残る。
王都の外へ出るほどではないが、北方街道へつながる中継路まで行く必要があるらしい。
道は北区の倉街を抜け、境界の橋とは別の石道をゆるく上っていく。
途中から建物がまばらになり、風の通りが強くなる。
低い灰色の空の下、遠くに城壁の肩が見える。
王都の中にいるのに、外へ追い出される気配の濃い場所だった。
「道中の死体、か」
私は歩きながら言った。
「王都では珍しくない?」
「珍しくはありません」
エナが答える。
「ただし、棺と一緒というのは面倒です」
「なぜ」
「どちらが届け物で、どちらが途中で死んだのか、先に確かめなければならない」
「そんなの見れば」
「見てもわからないことがあります」
この国では、本当に何を見てもわかった気になれない。
中継路の脇に、その荷馬車は止まっていた。
幌は半分ずれ、片方の車輪が石の溝にはまり込んでいる。馬はつながれたまま、だがひどく怯えて鼻を鳴らしていた。
荷台の前の御者台には血痕。
そして荷台の中に、黒布をかけられた棺が一つと、その横に男の死体が転がっていた。
「御者ではないな」
サラが言う。
「服が違う」
「旅商人?」
私が問う。
「いや」
エナが近づき、死体の手を見る。
「指がきれいすぎる。書記か、役人です」
死体は中年の男だった。外套は泥に汚れ、胸元に裂け目がある。刃物で切られたらしい。
顔には恐怖というより、驚いたまま止まった表情が残っていた。
「通行証は」
護衛の兵が荷台の箱を探り、小さな木札を取り出した。
「ある。だが表面が削られている」
「見せて」
私は受け取った。
木札の裏面はかろうじて読める。
――通るを許されし者、返るを定めず。
表は削れているが、僅かに残った文字から所属だけは取れた。
「監査局……」
「またか」
サラが顔をしかめる。
「最近多すぎる」
エナは棺のほうへ視線を向けた。
「棺を開けます」
「待て」
私は言った。
「死体のほうからじゃないのか」
「棺が優先です」
「理由は」
「中身が死者とは限らない」
私は息を飲んだ。
ここまで来ると何でもありだ。
棺の蓋をずらす。
中には確かに死者がいた。
若い女。顔は布で覆われ、胸元に白い花が二輪。
だがそれを見た瞬間、エナの顔が変わった。
「おかしい」
「何が」
「花の数」
「二輪ある」
「だからです。普通は一輪」
私は棺の中をのぞいた。
若い女の口元に花はない。胸に二輪。
供花の二列を思い出し、背筋が寒くなる。
「また二つ」
私は言った。
「十三が二度数えられてる話と関係あるか」
「かもしれません」
エナが低く答える。
「でも、この人は王ではない」
「席が二重になってる?」
「あるいは、誰かの代わりに数えられている」
サラが死体の外套の内側を探り、封じられた紙片を見つけた。
「まだあるよ」
彼女は開封し、中の文を読んだ。
「……監査局から埋葬部宛て。内容不明、ただし緊急印」
「届け物の途中で襲われた?」
私が問う。
「その可能性が高い」
サラが言う。
「そして棺も一緒に止められた」
道中の死体。届かなかった文。二輪の花。削られた通行証。
全部が偶然にしては出来すぎている。
私は死体の顔を見た。
この男も昨日まで、紙を運び、所属を持ち、誰かに命じられてここを通っていたのだろう。
それが今は、王都の外れの石道で、棺の隣に並べられた死体になっている。
順番に乗れなかった者たちの列へ、あっという間に落ちる。
「運ぶしかないな」
私が言うと、エナが頷いた。
「はい。放置すると根を呼ぶ」
「この国、何でも根を呼ぶな」
「大体、呼びます」
護衛兵たちが馬車を立て直し、死体と棺を改めて固定する。
私はその作業を手伝いながら、胸の内に重い感覚を覚えていた。
王都の中心では鐘が沈み、王墓が息をし、外れでは道中に死体が転がる。
全部別々の出来事に見えて、実際には同じ流れの途中なのだろう。
北区へ戻る道すがら、私は棺の中の白い花を思い出していた。
一輪ではなく二輪。
十三の二重。供花の二列。
この国では、二つに分かれた数えが、もう王だけの話ではなくなり始めているのかもしれない。
そうだとしたら、数え直しはもっと広く、もっと深く進んでいる。
荷馬車のきしむ音の中で、私はまた自分の名前を心の中で確かめた。
道中で死体になるのは、誰にでも起こりうる。
この国では、たぶんそれだけは平等だった。




