表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やわらかな王の墓  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/111

第37話 道中の死体

 その日の午後、北区記録倉へもうひとつ、よくない報せが届いた。


 王都北方街道の中継地点で、荷馬車が止まったままになっている。御者は逃げ、荷台に死体が一つ、そして棺が一つ。通行証はあるが、届け先が削れて読めない――という内容だった。

 北区は王都と外縁のあいだの緩衝帯だ。行き先を失った荷や人は、とりあえずここへ回ってくる。


「どうしてうちばかり」

 サラが言った。

「見捨てられやすいからです」

 ネムが即答する。

「知ってるよ」


 結局、私たちは現場確認へ出ることになった。

 サラ、エナ、私、護衛二名。ネムは北区で記録整理に残る。

 王都の外へ出るほどではないが、北方街道へつながる中継路まで行く必要があるらしい。


 道は北区の倉街を抜け、境界の橋とは別の石道をゆるく上っていく。

 途中から建物がまばらになり、風の通りが強くなる。

 低い灰色の空の下、遠くに城壁の肩が見える。

 王都の中にいるのに、外へ追い出される気配の濃い場所だった。


「道中の死体、か」

 私は歩きながら言った。

「王都では珍しくない?」

「珍しくはありません」

 エナが答える。

「ただし、棺と一緒というのは面倒です」

「なぜ」

「どちらが届け物で、どちらが途中で死んだのか、先に確かめなければならない」

「そんなの見れば」

「見てもわからないことがあります」

 

 この国では、本当に何を見てもわかった気になれない。


 中継路の脇に、その荷馬車は止まっていた。

 幌は半分ずれ、片方の車輪が石の溝にはまり込んでいる。馬はつながれたまま、だがひどく怯えて鼻を鳴らしていた。

 荷台の前の御者台には血痕。

 そして荷台の中に、黒布をかけられた棺が一つと、その横に男の死体が転がっていた。


「御者ではないな」

 サラが言う。

「服が違う」

「旅商人?」

 私が問う。

「いや」

 エナが近づき、死体の手を見る。

「指がきれいすぎる。書記か、役人です」

 

 死体は中年の男だった。外套は泥に汚れ、胸元に裂け目がある。刃物で切られたらしい。

 顔には恐怖というより、驚いたまま止まった表情が残っていた。


「通行証は」

 護衛の兵が荷台の箱を探り、小さな木札を取り出した。

「ある。だが表面が削られている」

「見せて」

 私は受け取った。

 木札の裏面はかろうじて読める。


 ――通るを許されし者、返るを定めず。

 表は削れているが、僅かに残った文字から所属だけは取れた。

「監査局……」

「またか」

 サラが顔をしかめる。

「最近多すぎる」


 エナは棺のほうへ視線を向けた。

「棺を開けます」

「待て」

 私は言った。

「死体のほうからじゃないのか」

「棺が優先です」

「理由は」

「中身が死者とは限らない」

 

 私は息を飲んだ。

 ここまで来ると何でもありだ。


 棺の蓋をずらす。

 中には確かに死者がいた。

 若い女。顔は布で覆われ、胸元に白い花が二輪。

 だがそれを見た瞬間、エナの顔が変わった。


「おかしい」

「何が」

「花の数」

「二輪ある」

「だからです。普通は一輪」


 私は棺の中をのぞいた。

 若い女の口元に花はない。胸に二輪。

 供花の二列を思い出し、背筋が寒くなる。


「また二つ」

 私は言った。

「十三が二度数えられてる話と関係あるか」

「かもしれません」

 エナが低く答える。

「でも、この人は王ではない」

「席が二重になってる?」

「あるいは、誰かの代わりに数えられている」


 サラが死体の外套の内側を探り、封じられた紙片を見つけた。

「まだあるよ」

 彼女は開封し、中の文を読んだ。

「……監査局から埋葬部宛て。内容不明、ただし緊急印」

「届け物の途中で襲われた?」

 私が問う。

「その可能性が高い」

 サラが言う。

「そして棺も一緒に止められた」

 

 道中の死体。届かなかった文。二輪の花。削られた通行証。

 全部が偶然にしては出来すぎている。


 私は死体の顔を見た。

 この男も昨日まで、紙を運び、所属を持ち、誰かに命じられてここを通っていたのだろう。

 それが今は、王都の外れの石道で、棺の隣に並べられた死体になっている。

 順番に乗れなかった者たちの列へ、あっという間に落ちる。


「運ぶしかないな」

 私が言うと、エナが頷いた。

「はい。放置すると根を呼ぶ」

「この国、何でも根を呼ぶな」

「大体、呼びます」

 

 護衛兵たちが馬車を立て直し、死体と棺を改めて固定する。

 私はその作業を手伝いながら、胸の内に重い感覚を覚えていた。

 王都の中心では鐘が沈み、王墓が息をし、外れでは道中に死体が転がる。

 全部別々の出来事に見えて、実際には同じ流れの途中なのだろう。


 北区へ戻る道すがら、私は棺の中の白い花を思い出していた。

 一輪ではなく二輪。

 十三の二重。供花の二列。

 この国では、二つに分かれた数えが、もう王だけの話ではなくなり始めているのかもしれない。

 そうだとしたら、数え直しはもっと広く、もっと深く進んでいる。


 荷馬車のきしむ音の中で、私はまた自分の名前を心の中で確かめた。

 道中で死体になるのは、誰にでも起こりうる。

 この国では、たぶんそれだけは平等だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ