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やわらかな王の墓  作者: たむ


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33/111

第33話 王都への荷馬車

 午後、監査局はまたひとつ、新しい判断を下した。


 私は監査局に留め置かれるのではなく、王都の北区にある記録倉へ一時的に移されることになった。理由は単純で、監査局がもはや安全ではない可能性が出てきたからだ。襲撃犯が骨灯を持ち、内部知識を持つ者の関与も疑われる以上、どこかひとつの建物へ固定しておくのは危険だという。


「安全な場所があるのか、この都に」

 私が訊くと、ハルヴァは迷いなく答えた。

「ありません」

「正直すぎる」

「そのうえで、比較的ましな場所を選びます」

 

 その結果が北区記録倉というわけだった。


 移送には目立たぬ荷馬車が使われることになった。

 飾りのない木の荷台に、布をかけ、書類箱と乾物の樽を積む。そのあいだへ私とエナ、ネムが紛れ込む。

 王都へ入ったときは搬送物のような扱いだったが、今度は本当に荷物のふりである。


「だんだん雑になってないか」

 私は幌の影で言った。

「合理化です」

 ネムが答える。

「王都では、人を露骨に運ぶより荷を運ぶほうが目立ちません」

「人としての尊厳は」

「書類上は保たれています」

「最悪だな」

 

 荷馬車は監査局の裏門から静かに出た。

 表通りではなく、石造倉庫の多い細道を選んで進む。

 王都の中心部とは違い、このあたりは荷運びと保管の街らしく、車輪の音と積荷の匂いが濃い。乾いた豆、塩、油、古紙、木箱、獣脂。

 生活の匂いというより、備蓄の匂いだ。


「北区って何があるんだ」

 私は幌の隙間から外を見ながら聞いた。

「記録倉、兵糧庫、古い巡礼宿、そして」

 ネムが少し言いよどむ。

「王都でも比較的、見捨てられやすい地区です」

「何だそれ」

「中心からは遠く、だが完全な外縁ではない。異変が起きたとき、後回しにされやすい」

「安全じゃなくて忘れられやすいだけじゃないか」

「王都では、それが時に同義です」


 エナが荷馬車の木枠へ手を添えたまま言った。

「荷馬車は好きではありません」

「何で」

「葬列に似ているので」

「……それは」

「比喩ではありません」

 

 私は黙った。

 たしかにこの揺れ、速度、狭さ、どこか“運ばれている”感覚は葬列に近い。

 王都では生者も死者も、順番に応じて同じように運ばれるのだろう。


 道の途中、馬車が一度だけ大きく揺れた。

 幌の隙間から空を見ると、骨魚の影が建物の屋根を撫でるように通過している。

 近い。かなり近い。

 御者が小さく舌打ちしたのが聞こえた。


「また低いな」

「北区は影が落ちやすいです」

 ネムが言う。

「なぜ」

「倉の屋根が広い。骨魚の影が滑りやすい」

「影にも地形があるのか」

「王都では、だいたい何にでもあります」


 荷馬車は細い橋を渡り、少し開けた場所へ出た。

 そこには背の低い石倉がずらりと並び、扉の上に番号と紋章が記されていた。

 北区記録倉群だろう。

 遠目にはただの倉庫街だが、近づくにつれ、壁に古い祈祷文や白い花の跡が見える。

 倉庫というより、記憶の埋葬場に近い。


「着きました」

 御者の声がした。


 私たちは荷のふりをやめ、幌の下から降りた。

 北区の空気は宮城や監査局とは少し違う。

 重いが、中心ほど張り詰めていない。

 見捨てられやすい場所の空気だ。

 責任の外縁に置かれたものだけが集まる区域。


 記録倉のひとつの前に、白髪交じりの女が立っていた。

 灰色の作業衣に前掛け。役人というより倉番だが、目だけはやけに澄んでいる。


「遅いですよ」

 彼女は挨拶もなく言った。

「北区の夕方は短い」

「道中、少し」

 ネムが答える。

「襲撃?」

「ええ」

「でしょうね」


 彼女は私をひと目見てから、エナに視線を移した。

「そちらが読手」

「不本意ながら」

 私が言うと、彼女は少しだけ口元を動かした。

「まだ文句を言えるなら大丈夫」


 この国では、それが安否確認になるらしい。


「私は北区記録倉番、サラです」

 女は扉を開けながら言った。

「ここでは荷と人を同じように扱います。安心してください」

「何一つ安心できない」

「正しい反応です」


 中へ入ると、乾いた紙と木の匂いが鼻を打った。

 高くはない天井、番号付きの棚、封じられた帳面の束、壁際の簡易寝台。

 監査局より雑然としているのに、不思議と少しだけ息がしやすい。

 ここでは書類が人を縛るというより、ただ積まれている感じがあった。


「荷馬車の揺れは嫌いですが」

 エナが小さく言った。

「ここは嫌いではありません」

「珍しいな」

「忘れられた場所には、まだ余白があります」

 

 その言葉が、北区の空気をうまく言い当てている気がした。

 中心ではすぐ役割が決まり、言葉が席になり、記録が人を追い越す。

 だが、忘れられた場所にはまだ少しだけ、人が書式より先にいられる余白がある。


 その余白がどれだけ持つのかは、わからなかったが。

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