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やわらかな王の墓  作者: たむ


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第32話 墓守の誓い

 襲撃犯の遺留品が机の上に置かれたまま、部屋の空気はしばらく動かなかった。


 半分に割れた小さな王冠の護符。

 白い粉の付いた骨片。

 王を避けるための印を持ちながら、私を墓へ返せと叫んだ男。

 それは単純な狂信ではなく、もっと整理された恐れを感じさせた。


「王にしたくない、か」

 私は繰り返した。

「そう考える根拠は?」

 エナが答える。

「宿場町の護符は、役を押しつけられないためのものです」

「うん」

「それを持っている人間が、“墓へ返せ”と言うなら」

「王の席へ近づけたくない?」

「はい。あるいは、すでに近づきすぎていると見ている」

 

 ネムが護符を手袋越しにつまみ上げた。

「王都では、こうした護符は公的には迷信扱いです」

「公的には、か」

「私的には広く流通しています。役所の中でも」

「役人も買うのか」

「人事異動の季節には特に」

 

 私は少し笑いそうになったが、笑えなかった。

 どこの世界でも、昇進や抜擢が祝福だけでできているわけではない。役が重くなるほど、逃げたくなる人間も増える。


 ハルヴァは骨片のほうを見た。

「こちらは埋葬部へ回します。根の粉が混じっているなら、内部の知識を持つ者が噛んでいる可能性が高い」

「内部犯?」

 私は眉をひそめた。

「あるいは、内部の流れを知っている者です」

 彼は答えた。

「王墓の異変がどの段階で外へ漏れたかを洗う必要がある」

「漏れる前に襲撃されてる気もするけどな」

「王都では、漏れていることが正式化される前に、噂だけが先に走ります」

「最悪のネットワークだ」

「はい」


 そこで扉が叩かれ、黒衣の若い埋葬官が一人、紙束を持って入ってきた。

「次官殿より」

 彼は一礼し、紙を差し出す。

「東墓廊の夜間観測記録です」

「置いて」

 ハルヴァが受け取る。


 その埋葬官は私をちらりと見た。

 敵意ではない。

 もっと複雑なものだ。警戒と好奇心、それに、嫌々ながらも期待してしまうような色。


「何か?」

 私が言うと、彼は少し迷ってから答えた。

「埋葬部では、あなたのことを“読手”と呼び始めています」

「やめてくれ」

「私が決めた呼び名ではありません」

「墓読み異邦人よりは短いけど、嫌さは増してるな」

 

 若い埋葬官は困ったように視線を落とした。

「東墓廊の墓守たちが、誓いを更新したいと」

「誓い?」

 エナが問う。

「はい。“席の揺らぎある夜は、墓守りは順の外をも守る”」

 

 私は意味を測った。

「順の外って」

「本来の埋葬順や管轄の外にいる者も守る、という古い文句です」

 エナが答える。

「異邦人や、未記録の死者も含みます」

「つまり」

 私は若い埋葬官を見る。

「俺も?」

「はい」

 彼は真面目な顔で頷いた。

「墓が読んだ者を、墓守りが守る」

 

 私は返事に困った。

 守られる、という言葉はありがたいはずなのに、ここでは同時に囲われる感じもある。

 埋葬官たちは、私を人として守るのではなく、墓の側が必要とする読み手として守ろうとしているのかもしれない。


 エナが低く言った。

「墓守の誓いは、軽く使いません」

「知っています」

 若い埋葬官が答える。

「それでも今夜、数名が申し出ています」

「誰が」

「東墓廊付きの者たちです」


 ハルヴァが紙束から一枚を抜き取り、読み上げた。

「“十三王墓の呼吸強まりし夜、読手に害あらば、順はさらに乱れるおそれあり。よって墓守り、読手保護を誓願す”」

 彼は紙を机へ戻した。

「言い回しは古風ですが、要するに“勝手に死なれると困る”です」

「わかりやすく言い換えるな」

「監査局の仕事です」


 若い埋葬官は少し気まずそうにしながらも、否定はしなかった。

 私は頭を掻いた。

「ありがたい、でいいのかこれ」

「少なくとも」

 エナが静かに言う。

「埋葬部の全員があなたを王にしたいわけではない、とは言えます」

「それはだいぶ助かるな」

「王都では大きいことです」


 若い埋葬官は胸に手を当て、一礼した。

「今夜、墓守の誓いが更新されます。あなたが望むなら、見届けることもできます」

「俺が?」

「読手に見せるべきだと」

 

 私は即答できなかった。

 こういう儀式めいたものは、この国ではたいてい意味を持ちすぎる。見ただけで巻き込まれる可能性もある。


「考えます」

 そう答えると、彼は頷いて去った。


 扉が閉まったあと、私は長く息を吐いた。

「墓守の誓い、ね」

「古い制度です」

 エナが言う。

「王より先に墓を守る者たちの誓い」

「王より先?」

「はい。王は入れ替わっても、墓は残るので」

 

 その一言で、この国の重心がまた少し見えた気がした。

 王ではなく墓。

 統治者の個人ではなく、継続する器。

 それを守る者たちの誓い。

 人より制度、制度より席、席より墓。

 ここまで来ると徹底している。


 私は窓の外の低い空を見た。

 骨魚の影は今はない。

 だが、見えないだけでそこにいることはわかる。

 墓守の誓いも、たぶんそういうものなのだろう。

 表に出ないが、いざというときだけ形を持つ。

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