第30話 最初の襲撃
午前の終わりごろ、私たちは宮城から監査局へ戻されることになった。
理由は単純で、情報が増えすぎたからだ。
増えすぎた情報を一度監査局の書式へ通し、どこまで正式文書に載せるかを選別する必要がある。王都という場所は、危機に際してもまず書類の形を整える。嫌になるくらい一貫していた。
宮城から監査局へ向かう移送は、前回より警戒が濃かった。
護衛兵は六人。ハルヴァとネム、エナ、私。
大通りは避け、役所街の裏手を抜ける石畳の道を歩く。宮城の白灰の壁が少しずつ遠ざかり、代わりに王都の生活臭い石造建築が近づいてくる。
どこも低く、窓は小さく、人々はやはり空を見ない。
「王都の人間も、やっぱり見上げないな」
私が言うと、ネムが答えた。
「見上げる理由が少ないのです」
「骨魚がいるから?」
「それもあります。ですが、空を見て得られるものが少ない」
「地面や帳面のほうが現実的ってことか」
「ええ」
その答えを聞いたとき、路地の先で何かが光った。
青白い、小さな火。
骨灯だ、と認識した瞬間にはもう遅かった。
それは人の手の中にあった。
黒い外套の男が、狭い横道から半身だけを出し、こちらへ投げつけてきたのだ。
「伏せろ!」
護衛兵のひとりが叫ぶ。
私は反射で身をかがめた。
青白い火は私たちの前の石畳へ落ち、弾けるように広がった。爆発ではない。だが冷たい炎が石の目地に沿って走り、白い霜のような跡を一瞬で作る。
兵士が一人、腕にそれを浴びて呻いた。
炎なのに焼ける匂いではなく、古い紙が湿って腐ったような臭いがした。
「動くな!」
ハルヴァの声が飛ぶ。
「踏むな!」
男はもう一つ、骨灯を構えていた。
顔は布で覆われている。
ただ目だけが見えた。
狂気というより、決めたことをやりきる人間の目だ。
「異邦人を渡せ!」
男が怒鳴る。
「墓へ返せ!」
「返すって何だよ!」
私は思わず叫んでいた。
護衛の兵が前へ出る。
男は骨灯を投げ、すぐ路地裏へ走った。
追おうとした兵を、エナが止める。
「だめです! 足元!」
石畳に散った青白い火が、消えていない。
ただ燃えているのではなく、何かを待つように脈打っている。
私はその脈の中に、白い根と似たリズムを見た気がした。
「これは骨灯じゃない」
エナが低く言う。
「何だ」
「混ぜてある。根の粉を」
「そんなことができるのか」
「知りません」
護衛兵のひとりが、腕を押さえたまま膝をついた。
火が触れた部分の鎧の下から、白い筋が浮き上がっている。血管みたいに。
「最悪だな」
ネムが珍しく感情を露わにした。
「襲撃が先に来るとは」
「先にって?」
私が問うと、彼は息を整えながら言った。
「王都では、記録が回る前に噂が走り、噂が走る前に襲撃が起きることがあります」
「秩序立ってるな」
「不本意ですが」
兵たちが盾を構え、残る路地へ警戒を向ける。
通りにいた人々はもう散っていた。王都の人間は騒ぎに慣れているのか、あるいは関わることを本能的に避けるのか、とにかく消えるのが早い。
「異邦人を狙ったのか」
ハルヴァが私を見る。
「そうとしか」
「“墓へ返せ”と言っていました」
エナが言う。
「それは、あなたを墓の側のものだと見ている」
「嬉しくない分類だな」
「同意します」
石畳の青白い火は、やがてすうっと消えた。
だが跡には細い白線が残っている。
根の走ったような線だ。
エナがしゃがみこみ、それを見た。
「刻まれています」
「読めるか」
私も近づく。
薄い。だが読めた。
――読まれる者は返される。
――触れた手は外に置くな。
「……嫌な伝言だ」
私は言った。
「誰からだ」
「たぶん」
エナが白線を見つめたまま答える。
「墓を守っているつもりの誰か」
「墓守りじゃないのか?」
「埋葬官ではありません」
「だろうな」
ハルヴァは兵へ短く命じた。
「負傷者を戻せ。移送経路変更。監査局へ急ぐ」
「追跡は?」
「後で」
「後で間に合うのか」
「今は異邦人の確保が優先だ」
私は自分のことなのに、まるで荷物の話みたいだと思った。
だが、その荷物扱いが今は命綱でもある。
歩き出しながら、私は背後の路地を振り返った。
もう誰もいない。
ただ、石壁の陰に一瞬だけ、青白い光がまた揺れた気がした。
骨灯。あるいは、それに似せた何か。
王都の敵意はまだ輪郭が見えない。
けれど少なくとも、私を墓へ戻したい連中がいることだけは、はっきりした。




