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やわらかな王の墓  作者: たむ


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30/111

第30話 最初の襲撃

 午前の終わりごろ、私たちは宮城から監査局へ戻されることになった。


 理由は単純で、情報が増えすぎたからだ。

 増えすぎた情報を一度監査局の書式へ通し、どこまで正式文書に載せるかを選別する必要がある。王都という場所は、危機に際してもまず書類の形を整える。嫌になるくらい一貫していた。


 宮城から監査局へ向かう移送は、前回より警戒が濃かった。

 護衛兵は六人。ハルヴァとネム、エナ、私。

 大通りは避け、役所街の裏手を抜ける石畳の道を歩く。宮城の白灰の壁が少しずつ遠ざかり、代わりに王都の生活臭い石造建築が近づいてくる。

 どこも低く、窓は小さく、人々はやはり空を見ない。


「王都の人間も、やっぱり見上げないな」

 私が言うと、ネムが答えた。

「見上げる理由が少ないのです」

「骨魚がいるから?」

「それもあります。ですが、空を見て得られるものが少ない」

「地面や帳面のほうが現実的ってことか」

「ええ」

 

 その答えを聞いたとき、路地の先で何かが光った。


 青白い、小さな火。

 骨灯だ、と認識した瞬間にはもう遅かった。

 それは人の手の中にあった。

 黒い外套の男が、狭い横道から半身だけを出し、こちらへ投げつけてきたのだ。


「伏せろ!」

 護衛兵のひとりが叫ぶ。


 私は反射で身をかがめた。

 青白い火は私たちの前の石畳へ落ち、弾けるように広がった。爆発ではない。だが冷たい炎が石の目地に沿って走り、白い霜のような跡を一瞬で作る。

 兵士が一人、腕にそれを浴びて呻いた。

 炎なのに焼ける匂いではなく、古い紙が湿って腐ったような臭いがした。


「動くな!」

 ハルヴァの声が飛ぶ。

「踏むな!」


 男はもう一つ、骨灯を構えていた。

 顔は布で覆われている。

 ただ目だけが見えた。

 狂気というより、決めたことをやりきる人間の目だ。


「異邦人を渡せ!」

 男が怒鳴る。

「墓へ返せ!」

「返すって何だよ!」

 私は思わず叫んでいた。


 護衛の兵が前へ出る。

 男は骨灯を投げ、すぐ路地裏へ走った。

 追おうとした兵を、エナが止める。

「だめです! 足元!」


 石畳に散った青白い火が、消えていない。

 ただ燃えているのではなく、何かを待つように脈打っている。

 私はその脈の中に、白い根と似たリズムを見た気がした。


「これは骨灯じゃない」

 エナが低く言う。

「何だ」

「混ぜてある。根の粉を」

「そんなことができるのか」

「知りません」


 護衛兵のひとりが、腕を押さえたまま膝をついた。

 火が触れた部分の鎧の下から、白い筋が浮き上がっている。血管みたいに。


「最悪だな」

 ネムが珍しく感情を露わにした。

「襲撃が先に来るとは」

「先にって?」

 私が問うと、彼は息を整えながら言った。

「王都では、記録が回る前に噂が走り、噂が走る前に襲撃が起きることがあります」

「秩序立ってるな」

「不本意ですが」


 兵たちが盾を構え、残る路地へ警戒を向ける。

 通りにいた人々はもう散っていた。王都の人間は騒ぎに慣れているのか、あるいは関わることを本能的に避けるのか、とにかく消えるのが早い。


「異邦人を狙ったのか」

 ハルヴァが私を見る。

「そうとしか」

「“墓へ返せ”と言っていました」

 エナが言う。

「それは、あなたを墓の側のものだと見ている」

「嬉しくない分類だな」

「同意します」


 石畳の青白い火は、やがてすうっと消えた。

 だが跡には細い白線が残っている。

 根の走ったような線だ。


 エナがしゃがみこみ、それを見た。

「刻まれています」

「読めるか」

 私も近づく。

 薄い。だが読めた。


 ――読まれる者は返される。

 ――触れた手は外に置くな。


「……嫌な伝言だ」

 私は言った。

「誰からだ」

「たぶん」

 エナが白線を見つめたまま答える。

「墓を守っているつもりの誰か」

「墓守りじゃないのか?」

「埋葬官ではありません」

「だろうな」


 ハルヴァは兵へ短く命じた。

「負傷者を戻せ。移送経路変更。監査局へ急ぐ」

「追跡は?」

「後で」

「後で間に合うのか」

「今は異邦人の確保が優先だ」


 私は自分のことなのに、まるで荷物の話みたいだと思った。

 だが、その荷物扱いが今は命綱でもある。


 歩き出しながら、私は背後の路地を振り返った。

 もう誰もいない。

 ただ、石壁の陰に一瞬だけ、青白い光がまた揺れた気がした。

 骨灯。あるいは、それに似せた何か。

 王都の敵意はまだ輪郭が見えない。

 けれど少なくとも、私を墓へ戻したい連中がいることだけは、はっきりした。

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