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やわらかな王の墓  作者: たむ


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105/111

第105話 顔を返す門

 村から王都へ戻る道は、行きよりずっと長く感じられた。


 同じ道のはずなのに、今は木枠の重みが時間そのものを引きのばしている。

 私とエナで担ぐその中には、ただの石ではなく、王都が失いかけた顔が入っている。

 そう思うたび、肩の痛みまで意味を持つ。

 王都の病は、こうして人の骨や筋まで巻き込んでくる。


 返還の行列は村の境で解かれた。

 そこから先は、私たちだけの運搬になる。

 村人たちは誰も追ってこない。

 あの村は、預かったものを返すところまでが役目で、それ以上は踏み込まないのだろう。

 辺境の知恵は、ときに王都の忠誠よりずっと正確だ。


 夕刻前、私たちは王都外門へ着いた。


 門前には、すでにセリオとネム、それに宮廷埋葬部の黒衣が数名待っていた。

 ネムの顔を見た瞬間、王都でも何かがさらに進んだのだとわかった。

 彼は疲れているときほど、無駄な挨拶を捨てる。


「状況は」

 私が問うと、ネムはすぐ答えた。

「宮城内で、未定位影の再出現が三回」

「増えてるな」

「はい。しかも今朝から」

 彼は一度、木枠を見る。

「影の顔の輪郭が、少しだけ濃くなっています」

「最悪だ」

「ええ」


 セリオが木枠へ近づく。

 触れない。

 ただ、その前で立ち止まり、目を伏せた。


「村は」

「持ちこたえた」

 私が答える。

「でも限界だ」

「そうでしょう」

「石像が戻す気になってた」

「王都も同じです」

 

 その一言で、門の前の空気がさらに重くなった。


「中へ入れますか」

 エナが問う。

「そのままでは無理です」

 セリオが答える。

「どうして」

「顔を返す門を通す必要がある」

「また門か」

 私は思わず言った。

「王都ですので」

 ネムが返す。


 私たちは正門ではなく、外門脇の低い石室へ通された。

 前に見た門務記録室とは別の、もっと奥まった部屋だ。

 壁に古い水盤。

 床に浅い溝。

 そして中央に、何も置かれていない石台がひとつ。

 まるで、何か“顔のあるもの”を一時的に載せるために作られた台だった。


「ここは?」

 私が問う。

「返顔室」

 オルが奥から現れ、そう言った。

 相変わらず白衣の老役人は、門と墓のあいだに住んでいるような顔をしている。

「王都へ顔を戻すとき、一度だけ通す部屋だ」

「そんな部屋が本当にあるのか」

「あるから困る」


 木枠を石台へ置く。

 その瞬間、部屋の空気が少し沈んだ。

 石の首が、王都の内側へ半歩だけ戻ったのだとわかる。


「聞け」

 オルが言う。

「顔を返す門では、問いがひとつだけある」

「何だ」

「“これは誰の顔か”だ」

 

 私は思わず笑いそうになった。

 笑えなかったが。

「今さらか」

「今さらだ。だが門は今さらでできている」

 

 オルは石台の前に立ち、低く問うた。

「これは誰の顔か」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 王の顔。

 王都の顔。

 村が預かった顔。

 どれも正しい。

 どれもまだ足りない。


 エナが先に口を開いた。

「まだ、誰のものでもありません」

 

 オルは眉をわずかに動かした。

 否定はしない。

 私は続けた。


「王が自分で呼ぶまで、誰のものにもしてはいけない顔だ」

 

 それを聞いたオルは、ゆっくり頷いた。

「通れ」

「いいのか」

「その答えが今は一番ましだ」


 水盤の水がひとつ鳴る。

 浅い溝に、どこからともなく細い水筋が走る。

 返顔室の門が開く。

 王都は、顔を受け取る準備だけはまだ残していた。


「急げ」

 セリオが言った。

「宮城が長く持たない」


 私たちは木枠を再び担ぎ上げた。

 顔を返す門を越えた以上、もう後戻りはない。

 返還は、これから本当に始まる。

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