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やわらかな王の墓  作者: たむ


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104/111

第104話 返還の行列

 村を発つ朝、広場には人が並んでいた。


 葬列ではない。

 けれど、葬列に似ていた。

 白花を一本ずつ持つ村人たちが、井戸から白花祠までのあいだへ静かに立っている。

 誰も名を呼ばない。

 誰も泣かない。

 ただ、それぞれが一本の花を胸の前に持ち、私たちの通る道を作っていた。


「返還の行列です」

 村長が言った。

「返還」

 私は木枠へ布をかけ直しながら呟く。

「首の」

「顔の」

 

 その言い換えは、妙に重かった。

 私たちが運ぶのはただの石の首ではない。

 王都が失いかけた顔。

 村が長く預かってきたもの。

 だからこれは搬送ではなく返還なのだろう。


 エナは黒衣の上に灰外套を羽織り、木枠の片側へ手をかけた。

 私は反対側を持つ。

 重さは前より少しだけ増していた。

 顔が拒みを受けつつも、“返る方向”だけは決めたからかもしれない。


「昨日より重いな」

 私が言うと、エナは頷いた。

「戻る先が決まると、重くなることがあります」

「便利なようで嫌な知識だ」

「王都ですので」

 

 いや、今は村でもそうなのだ。


 村長は木板を持って先頭に立った。

 ダフと護衛が脇につく。

 シウは最後尾。

 村人たちは私たちが進むたび、持っていた白花を一本ずつ地面へ置く。

 四本ずつで止める。

 五本目は作らない。

 その慎重さが、行列そのものを封じにもしていた。


「これは」

 私は小声で言った。

「見送りじゃないな」

「はい」

 エナが答える。

「返し道を作っているんです」

「戻る先を間違えないように」

「そうです」


 井戸の前を通るとき、底から小さく音がした。

 昨日までの“まだない名前”ではない。

 もっと遠い。

 諦めたとは言わないが、今朝は追ってこない音だった。

 返還の行列が、名前の側の介入を少し遅らせているのだろう。


 石像の前で、村長が立ち止まった。

 首を抱く胴体だけの王像。

 今朝は、祠でも井戸でもなく、まっすぐ村道の先を見ている。

 まるで“行け”と言っているみたいだった。


「向きが戻った」

 シウが後ろで小さく言う。

「はい」

 エナも答える。

「返還を認めたんだと思います」

「石像が?」

「王都と村のあいだで預かってきた役目として」


 私は石像を見上げた。

 首がなくても、そこには確かに王の形がある。

 だが完全ではない。

 不完全だからこそ、村はそれを長く持てたのかもしれない。

 顔まで揃っていたら、もっと早く王都の病に飲まれていただろう。


 行列は村道へ出た。

 昨日、道端に七本の花が置かれていた場所を通る。

 今朝はもうない。

 代わりに、地面へ細い白灰の線が引かれていた。

 村長の封じの続きかもしれない。

 戻れない数えを、一度だけ村の外へ押し出す線。


「王都へ戻る」

 私は言った。

「はい」

「顔を返しに」

「でも、まだ誰にも着せない」

「うん」

 

 それが今の最重要事項だった。

 影に合う顔。

 名なき子へ寄る名前。

 呼ばれていない王。

 そこへこの首を持ち込む以上、一歩間違えれば全部が一気につながる。

 返還の行列は、だからこそ厳粛であるより慎重だった。

 祝福ではなく、保留のための道。


 村の境へ差しかかったとき、後ろで小さな鈴が鳴った。

 振り返ると、あの花を数える子どもが立っていた。

 白花を四本抱えている。

 名前をまだ呼ばれていない子。


「何だ」

 私が訊くと、子どもは静かに言った。

「これ」

「花?」

「うん」

「何で」

「王都で、五にならないように」

 

 私は一瞬、言葉が出なかった。

 エナも同じだったらしく、ただその子を見ていた。


「預かります」

 やがて彼女が言った。

 子どもは頷き、四本の花を渡す。

 それだけで満足したように、また村のほうへ戻っていった。

 呼ばれないまま、だが確かな役目だけを持って。


「……強いな」

 私はぽつりと言った。

「はい」

 エナが答える。

「この村は、弱い形で持つのが上手なんです」

 

 返還の行列は、そのまま王都へ向けて動き出した。

 村が預かってきた顔。

 王都が失いかけた顔。

 それを誰のものにもさせず、ただ持ち帰る。

 たぶんそれが今できる、ぎりぎり正しいことだった。

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