第6話
水祭りは夕暮れと同時に始まった。
街の中心から外へ向かって、順番に夜店が並んでいく。焼き串、香辛料の入ったスープ、色とりどりの飴細工、木工の小物、布地。煙と香りと人の声が混ざって、王都の夜が一段明るくなった。
アルマは白鳥亭を出た瞬間に立ち止まった。
「……にぎやかだ」
「そうですね。今日は人が多い」
「……魔族の城の祭りとは、規模が違う」
「どんな祭りなんですか」
「……静かだ。音楽はあるが、こういう屋台はない。食事は宴の間でとる。外には出ない」
「一度も?」
「……外でとる習慣がない」
俺は人の流れに沿って歩き出した。アルマがついてきた。今日は並んで歩いている。
◇ ◇ ◇
最初の店で、アルマが足を止めた。
飴細工の屋台だ。職人が棒の先に飴を絡めながら、鳥や花の形を作っている。赤い飴が伸びて、細い翼になった。
「……どうやって作っている」
「熱で溶かして、形を作るんです。冷えると固まる」
「……食べられるのか」
「甘いですよ」
アルマがじっと見ていた。
「一個買いますか」
「……いらない」
赤く光った。
俺は花の形の飴細工を一個買って、何も言わずに差し出した。
アルマが受け取って、一口かじった。
「……甘い」
「美味しいですか」
「……」
今度は何も言わなかった。ただ、続けてかじった。それが答えだった。
俺は自分の飴細工をかじりながら、人の流れに混じって歩いた。
◇ ◇ ◇
しばらく歩いて、アルマが立ち止まった。
露店の棚に、小さな水晶玉が並んでいた。安物だが、灯りの下できれいに光る。
「……これは」
「飾り物ですよ。水晶のふりをした硝子製がほとんどですが」
アルマが一つを手に取った。中に気泡が入っている。
「……本物の水晶ではないな」
「わかるんですか」
「魔力の感じが違う。でも——」
アルマが灯りに透かした。気泡が光を受けて、玉の中で揺れた。
「——本物でなければ、きれいではないとは言えない」
光らなかった。
俺はその言葉を聞きながら、どこかで聞いたような気がした。
◇ ◇ ◇
噴水広場に着いたのは、夜も深くなったころだった。
広場は人でいっぱいだった。中央の噴水を囲むように人垣ができている。
「前の方に行けますか」と俺が聞くと、アルマが「構わない」と言った。
人垣の隙間を縫って進んだ。途中、人の波で少しアルマとの距離が詰まった。俺の腕にアルマの指先が触れた。アルマが少し立ち止まって、それから指先をマントに引いた。
前へ出ると、噴水がよく見えた。
魔法士が数人、噴水の周囲に立っていた。
合図があって、噴水が動いた。
水が上がった。ただ上がるのではなく、形を作りながら上がった。柱になり、傘になり、翼になり、花びらになった。魔法士が杖を動かすたびに、水の形が変わった。
灯りを受けた水が、七色に光った。
俺は見慣れた景色だったが、隣を見た。
アルマが、動いていなかった。
正確には、全部止まっていた。指も、マントの裾も、いつも少し動いている赤い瞳も。
ただ、噴水を見ていた。
水が大きな花の形を作った。花びらが広がって、上から光が当たった。
「……」
アルマが何かを言おうとした。
俺は聞いた。
「きれいだ」
嘘の色は、なかった。
ただの二言だった。飾りも言い訳もなかった。
光らなかった、ということは、本当のことだった。でもそれより、光るとか光らないとか関係なく——アルマが今、何かを感じているのが、俺にはわかった。
スキルじゃなくて、目で見て、わかった。
しばらく二人で黙って見ていた。
水が白い柱になって、夜空に向かって伸びた。先端で砕けて、霧になって落ちてきた。細かい水が顔にかかった。
アルマが目を閉じた。
霧の中で、何かを感じているような顔だった。
◇ ◇ ◇
演舞が終わると、拍手と歓声が広場を満たした。
アルマが我に返ったように、俺の隣にいることを思い出したような顔をした。
「……見た」
「はい」
「……なかなか、だ」
「きれいでしたよね」
「……さっきそう言った」
「言いましたね」
アルマが視線を外した。
「……魔族の城に、水の演舞はない。規模もそうだが——あのような使い方を、考えたことがなかった。水は生活のためのものだ」
「祭りのためにはならないですか」
「……なると、思っていなかった。今まで」
光らなかった。
「今日はどうですか」
「……今日は、なった」
また光らなかった。
俺は少しだけ、自分が今どういう顔をしているかを意識した。おそらくあまりよくない顔をしている。意識しすぎている顔だ。
「帰りますか」
「……ああ」
◇ ◇ ◇
白鳥亭への帰り道は、来るときよりも静かだった。
人の流れが逆になっていて、ところどころすれ違いながら歩いた。アルマが隣にいる。さっきより少し距離が近い。人が多いせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「……カイト」
「はい」
「あなたは、この街に長いのか」
「三年ほどです」
「……祭りは、毎年見るのか」
「一人のときは、あまり。にぎやかすぎて」
「……今日は」
「今日は楽しかったです」
アルマが少し間を置いた。
「……そうか」
今度は、光らなかった。
俺も光らなかった。
二人とも本当のことを言っていた。
◇ ◇ ◇
白鳥亭に戻ると、カルロさんが「お帰り」と言った。二人分の麦茶が用意されていた。
食堂でそれを飲みながら、アルマが机の上に水晶玉を置いた。さっき露店で買ったやつだ。
灯りが当たって、気泡が光った。
「……さっき言っていたことを、もう一度聞いていいか」
「何ですか」
「……本物でなければきれいではないとは言えない、と言ったが」
「ああ、それはアルマさんが言ったんですよ」
アルマが少し止まった。
「……私が」
「水晶玉を見ながら」
「……そうか」
アルマは水晶玉を見ていた。
「……本物かどうかより、きれいかどうかの方が、大事なこともある」
光らなかった。
今夜初めて、本物かどうかという話をしていないのに、この言葉が出てきた。
俺はそれを聞きながら、何かを感じた。何かが何かはよくわからなかった。
「おやすみなさい、アルマさん」
「……おやすみ」
嘘の色は、なかった。
今日は何度、光らなかっただろう。数えていなかった。
そのことに気づいたとき——俺は初めて、光らない言葉の方を数えていなかったことに、少し遅れて気づいた。




