表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の『嘘看破』スキルが今日一番激しく反応したのは、見知らぬ美少女の「あなたに興味はない」という一言だった  作者: 富益 啓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

第6話

 水祭りは夕暮れと同時に始まった。


 街の中心から外へ向かって、順番に夜店が並んでいく。焼き串、香辛料の入ったスープ、色とりどりの飴細工、木工の小物、布地。煙と香りと人の声が混ざって、王都の夜が一段明るくなった。


 アルマは白鳥亭を出た瞬間に立ち止まった。


 「……にぎやかだ」


 「そうですね。今日は人が多い」


 「……魔族の城の祭りとは、規模が違う」


 「どんな祭りなんですか」


 「……静かだ。音楽はあるが、こういう屋台はない。食事は宴の間でとる。外には出ない」


 「一度も?」


 「……外でとる習慣がない」


 俺は人の流れに沿って歩き出した。アルマがついてきた。今日は並んで歩いている。


◇ ◇ ◇


 最初の店で、アルマが足を止めた。


 飴細工の屋台だ。職人が棒の先に飴を絡めながら、鳥や花の形を作っている。赤い飴が伸びて、細い翼になった。


 「……どうやって作っている」


 「熱で溶かして、形を作るんです。冷えると固まる」


 「……食べられるのか」


 「甘いですよ」


 アルマがじっと見ていた。


 「一個買いますか」


 「……いらない」


 赤く光った。


 俺は花の形の飴細工を一個買って、何も言わずに差し出した。


 アルマが受け取って、一口かじった。


 「……甘い」


 「美味しいですか」


 「……」


 今度は何も言わなかった。ただ、続けてかじった。それが答えだった。


 俺は自分の飴細工をかじりながら、人の流れに混じって歩いた。


◇ ◇ ◇


 しばらく歩いて、アルマが立ち止まった。


 露店の棚に、小さな水晶玉が並んでいた。安物だが、灯りの下できれいに光る。


 「……これは」


 「飾り物ですよ。水晶のふりをした硝子製がほとんどですが」


 アルマが一つを手に取った。中に気泡が入っている。


 「……本物の水晶ではないな」


 「わかるんですか」


 「魔力の感じが違う。でも——」


 アルマが灯りに透かした。気泡が光を受けて、玉の中で揺れた。


 「——本物でなければ、きれいではないとは言えない」


 光らなかった。


 俺はその言葉を聞きながら、どこかで聞いたような気がした。


◇ ◇ ◇


 噴水広場に着いたのは、夜も深くなったころだった。


 広場は人でいっぱいだった。中央の噴水を囲むように人垣ができている。


 「前の方に行けますか」と俺が聞くと、アルマが「構わない」と言った。


 人垣の隙間を縫って進んだ。途中、人の波で少しアルマとの距離が詰まった。俺の腕にアルマの指先が触れた。アルマが少し立ち止まって、それから指先をマントに引いた。


 前へ出ると、噴水がよく見えた。


 魔法士が数人、噴水の周囲に立っていた。


 合図があって、噴水が動いた。


 水が上がった。ただ上がるのではなく、形を作りながら上がった。柱になり、傘になり、翼になり、花びらになった。魔法士が杖を動かすたびに、水の形が変わった。


 灯りを受けた水が、七色に光った。


 俺は見慣れた景色だったが、隣を見た。


 アルマが、動いていなかった。


 正確には、全部止まっていた。指も、マントの裾も、いつも少し動いている赤い瞳も。


 ただ、噴水を見ていた。


 水が大きな花の形を作った。花びらが広がって、上から光が当たった。


 「……」


 アルマが何かを言おうとした。


 俺は聞いた。


 「きれいだ」


 嘘の色は、なかった。


 ただの二言だった。飾りも言い訳もなかった。


 光らなかった、ということは、本当のことだった。でもそれより、光るとか光らないとか関係なく——アルマが今、何かを感じているのが、俺にはわかった。


 スキルじゃなくて、目で見て、わかった。


 しばらく二人で黙って見ていた。


 水が白い柱になって、夜空に向かって伸びた。先端で砕けて、霧になって落ちてきた。細かい水が顔にかかった。


 アルマが目を閉じた。


 霧の中で、何かを感じているような顔だった。


◇ ◇ ◇


 演舞が終わると、拍手と歓声が広場を満たした。


 アルマが我に返ったように、俺の隣にいることを思い出したような顔をした。


 「……見た」


 「はい」


 「……なかなか、だ」


 「きれいでしたよね」


 「……さっきそう言った」


 「言いましたね」


 アルマが視線を外した。


 「……魔族の城に、水の演舞はない。規模もそうだが——あのような使い方を、考えたことがなかった。水は生活のためのものだ」


 「祭りのためにはならないですか」


 「……なると、思っていなかった。今まで」


 光らなかった。


 「今日はどうですか」


 「……今日は、なった」


 また光らなかった。


 俺は少しだけ、自分が今どういう顔をしているかを意識した。おそらくあまりよくない顔をしている。意識しすぎている顔だ。


 「帰りますか」


 「……ああ」


◇ ◇ ◇


 白鳥亭への帰り道は、来るときよりも静かだった。


 人の流れが逆になっていて、ところどころすれ違いながら歩いた。アルマが隣にいる。さっきより少し距離が近い。人が多いせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


 「……カイト」


 「はい」


 「あなたは、この街に長いのか」


 「三年ほどです」


 「……祭りは、毎年見るのか」


 「一人のときは、あまり。にぎやかすぎて」


 「……今日は」


 「今日は楽しかったです」


 アルマが少し間を置いた。


 「……そうか」


 今度は、光らなかった。


 俺も光らなかった。


 二人とも本当のことを言っていた。


◇ ◇ ◇


 白鳥亭に戻ると、カルロさんが「お帰り」と言った。二人分の麦茶が用意されていた。


 食堂でそれを飲みながら、アルマが机の上に水晶玉を置いた。さっき露店で買ったやつだ。


 灯りが当たって、気泡が光った。


 「……さっき言っていたことを、もう一度聞いていいか」


 「何ですか」


 「……本物でなければきれいではないとは言えない、と言ったが」


 「ああ、それはアルマさんが言ったんですよ」


 アルマが少し止まった。


 「……私が」


 「水晶玉を見ながら」


 「……そうか」


 アルマは水晶玉を見ていた。


 「……本物かどうかより、きれいかどうかの方が、大事なこともある」


 光らなかった。


 今夜初めて、本物かどうかという話をしていないのに、この言葉が出てきた。


 俺はそれを聞きながら、何かを感じた。何かが何かはよくわからなかった。


 「おやすみなさい、アルマさん」


 「……おやすみ」


 嘘の色は、なかった。


 今日は何度、光らなかっただろう。数えていなかった。


 そのことに気づいたとき——俺は初めて、光らない言葉の方を数えていなかったことに、少し遅れて気づいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ