第5話
アルマが白鳥亭に来てから、三週間が経った。
気づいたら、生活のリズムが変わっていた。
朝は二人で食堂に降りる。俺が仕事に出る日はアルマが見送り——正確には「たまたま玄関にいる」——俺が戻ると食堂で夕食を待っている——正確には「たまたまそこにいた」。
カルロさんが気を遣って二つ目のベッドを入れてくれた。アルマは最初の夜だけ自分のベッドで寝て、次の夜からまた俺のベッドに戻ってきた。理由は「窓に近いから」——もちろん、嘘だ。この手の嘘の色は、もう数えるのもやめた。
俺は何も言わずに毛布を引いた。
◇ ◇ ◇
三週間で、アルマのことがいくつかわかった。
まず、嘘の種類が変わってきた。
最初の頃は「ただの旅人だ」「助けてもらう必要はなかった」という、全力で隠そうとする嘘だった。眩しいくらいに光る嘘だ。
今はそれより複雑な嘘が増えた。「別に気にしていない」「どちらでもいい」——本当は気にしているし、どちらでもよくない。でも、気にしていると認めることに慣れていない。習慣としての嘘だ。
それとは別に、光らない言葉も増えた。
「美味かった」と昨日言った。光らなかった。
「あなたのスキルは役に立つ」と書庫の帰りに言った。光らなかった。
「足が速い、遅れるな」と街道で言った。光らなかった。
光らない言葉の方が、俺は好きだった。
それに気づいたのが、三週間目のことだ。
◇ ◇ ◇
その日、仕事が入らなかった。
珍しい休みだ。朝食の後、アルマに「今日は特に予定がない」と言うと、アルマが本から顔を上げた。
「……そうか。私も同じだ」
光らなかった。本当に予定がないのか、予定を作らなかったのか、どちらかだ。
「東の職人街、まだ行ったことないですよね。面白い区画があります」
「……調査の参考になるかもしれない」
「行きましょう」
「……あなたが行くなら、同行してやる」
赤く光った。
◇ ◇ ◇
職人街の一角に、ガラス細工の店が集まっている区画があった。
工房が並んでいて、職人が作業する様子を外から見られる。細い路地に、完成品を並べた露店が出ている。
アルマが自然に立ち止まったのは、その一角だった。
ガラスのプレートが並んでいた。色とりどりの、薄い板だ。光に透かすと色が混ざり合い、水の底のように揺れる。
アルマが一枚を手に取った。青と緑が溶け合ったプレートだ。
光に透かして、静かに見ていた。
「……魔族の城にも、これに似たものがある。魔力を込めた石で作ったもので、素材は違うが——見た目が、少し似ている」
「故郷を思い出しますか」
「……少し」
光らなかった。
俺は隣に立って、同じプレートを見た。確かにきれいだ。透明なのに色がある。光の当たる角度で、見えるものが変わる。
「城を出て、どれくらいになりますか」
「……二ヶ月だ」
「家族は心配していませんか」
アルマがプレートを棚に戻した。
「……父は私が出たことを知らない。こっそり出てきた」
「え」
「正式に申請すれば却下されるとわかっていたから。一人で来た」
「それは……大丈夫なんですか」
「……二ヶ月程度、音沙汰なくとも父は気にしない。私は三番目の王女だ。重要な位置ではない」
嘘の色は、なかった。
事実として言っていた。でも俺には、事実として言えることが全部かどうか、わからなかった。
「……何を見ている」
「何でもないです」
「嘘が見えるくせに、よく言う」
「見えるのは嘘だけで、事実は見えないんですよ」
アルマが俺を見た。
「……どういう意味だ」
「あなたが三番目の王女で、父が気にしないのは本当だと思う。でも——それで、あなたが何も感じていないかは、わかりません」
アルマはしばらく黙った。
それからプレートを手に取り直して、露店の主人に代金を差し出した。
「……部屋の窓に飾る。光の入り方を確認するためだ」
もちろん、嘘だ。でも、その不器用な言い訳を、俺は嫌いじゃなかった。
俺は何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
帰り道で、アルマが突然立ち止まった。
道の角に、子どもが座り込んでいた。六つか七つくらいで、膝に傷がある。泣いていた。
アルマが子どもを見た。
子どもがアルマを見た。
怖がらなかった。
魔族だと気づいている様子はないが、子どもというのは時々、理屈より先に何かを判断する。この子はアルマを見て、泣き止んだ。
「……どうした」
アルマが子どもにしゃがんだ。武器を持つ腰が、子どもの目線に合わせてそっと下がった。
「転んだ」と子どもが言った。
アルマが膝の傷を見た。
「……大したことはない」
それだけ言って、立ち上がった。
でも立ち上がりながら、マントの裾をちぎった。小さな布切れだ。それを子どもの膝に当てた。
「痛みが和らぐ。少し待て」
子どもがきょとんとした。俺もきょとんとした。
「……魔族の簡易処置だ。笑うな」
「笑ってないですよ」
「……笑いそうな顔をしている」
「していません」
しばらくすると子どもが「痛くなくなった」と言った。立ち上がって駆けていった。礼も言わずに。
「……礼も言わないとは、人間の子どもというのは」
「子どもはそんなもんですよ」
「……魔族の子どもは、礼を先に教わる」
「厳しいですね」
「……当然だ」
赤く光った。「当然」の部分が、かすかに光った。厳しいとは思っていないらしかった。
でも、今の処置は自然な動作だった。
俺はそれを観察しながら、何かを確認している自分に気づいた。
アルマが何かをするとき、どのくらい自然にするか。習慣から来るものと、考えてやるものの違い。
子どもへの処置は、習慣から来た動作だった。体が先に動いた。
(どんな二百年を過ごしてきたんだろう、この人は)
今日初めて、そう思った。
◇ ◇ ◇
夜、白鳥亭の食堂でカルロさんが声をかけた。
「カイトさん、明日は水祭りですよ。街中で夜店が出て、最後に噴水広場で水の演舞があります。お二人さんもどうですか」
アルマが「水祭り?」と言った。
「年に一回の祭りです。この街で一番大きな行事で、噴水に魔法士が演出をつけて水の造形を作る。夜は出店も並んで、にぎやかですよ」
アルマが少し考えた。
「……人間の祭りを観察する機会は必要だ。調査の一環として」
嘘の色が、滲んだ。
「じゃあ一緒に行きましょう」
「……あなたが案内するなら、効率がいい」
今度のは、指摘するのも野暮なくらい、わかりやすい嘘だった。
カルロさんが笑顔で「お似合いですねえ」と言った。
「違います」と二人で言った。
今日はアルマの方が少し遅かった。
俺はそのことを、特に何も考えないようにした。
◇ ◇ ◇
部屋に戻って、窓際にアルマが青いガラスのプレートを立てかけるのを見ていた。
夜の光を受けて、プレートがわずかに輝いた。
「……きれいですね」
「……そうだな」
光らなかった。
「故郷のものと、似てますか」
「……本物の方が鮮やかだ。でも——」
アルマが少し間を置いた。
「——こちらは、自分で選んで手に入れた」
今度は、光らなかった。
俺は毛布を引きながら、明日の祭りを少し楽しみに思っていた。
それが何を意味するのか、あまり考えないようにした。




