第3話
三日目、俺に護衛の依頼が入った。
商人が隣町まで荷物を運ぶのに同行してほしいという。日帰りで、危険度は低い。報酬は金貨一枚。悪くない条件だった。
朝食の席でアルマに伝えた。
「今日は一日出かけます。夕方には戻るので」
アルマは歴史書から目を上げなかった。
「……別に、報告しなくていい」
赤く光った。
「念のため言いました。行ってきます」
「……気をつけろ」
光らなかった。
俺は少し立ち止まった。アルマはもう本に視線を戻していた。
「……ありがとうございます」
返事はなかった。でも、ページをめくる手が一拍遅れた。
◇ ◇ ◇
護衛の仕事は順調だった。
商人のガルドさんは五十がらみの気のいい男で、道中ずっと喋り続けた。王都の噂、最近の物価、息子の嫁の話。俺はそれを聞きながら、ときどき返事をした。
隣町で荷物の引き渡しを終えて、昼過ぎに帰り道についた。
街道を半分ほど戻ったところで、俺は後ろが気になりはじめた。
「ガルドさん、少し急ぎましょう」
「何かあるのかい」
「念のため」
木立の向こうに人影があった。一人ではない。
ガルドさんが馬に声をかけた瞬間、街道の両側から三人が飛び出してきた。覆面、短剣、手慣れた動きだ。通り慣れた盗賊だろう。
「荷物を置いていけ。命まではとらない」
俺はガルドさんの前に出た。
三人、武器あり、俺はナイフ一本。
悪くはないが、楽でもない。
一人目が踏み込んだ瞬間に腕を捌いた。二人目が横から来るのを体をひねってかわした。三人目が背後に回り込もうとして——
ひゅ、と空気が切れる音がした。
三人目が地面に伏せた。首の後ろを何かで打たれている。
振り返ると、そこにアルマが立っていた。
黒いマントをはためかせ、手に細い杖を持っている。
「……遅かった」
「え」
「後ろが取られそうだった。遅い」
俺は残りの二人を確保しながら、アルマを見た。
「……いつからいたんですか」
「街道に出たところから」
「つまり最初から」
「……そうだ」
俺は二人を縄で縛りながら、もう一度アルマを見た。
「なぜついてきたんですか」
アルマが視線を外した。
「……あなたが心配なわけじゃない。ただの確認だ。便利屋とやらがどれほどの実力か、見ておく必要があった。雇うかもしれないから」
眩しいくらいに赤く光った。
今日断トツの一位だった。「ただの確認」の四文字が特に明るかった。
「助かりました」
「……礼には及ばない」
その「礼には及ばない」も、嘘の側だった。さっきの「ただの確認」の眩しさに比べれば、今さら確かめるまでもない。
ガルドさんが唖然とした顔で二人を見ていた。
◇ ◇ ◇
ガルドさんは先に帰った。王都へ戻る街道を、俺とアルマで並んで歩いた。今日は半歩後ろではなく、横に並んでいた。
「戦えるんですね」
「魔族の王族が戦えないとでも思っていたか」
「いや、そういうわけじゃないですが」
「……私はこれでも、魔族の中でも上位の戦闘力を持つ。二百年生きていれば当然だ」
「二百年……」
俺は少し考えた。
「二百年生きた人間が、見知らぬ街で、三日しか知らない便利屋の護衛についてきたんですか」
アルマが少し間を置いた。
「……状況の確認だと言った」
「言いましたね」
「……何が言いたい」
「なんでもないです」
アルマはしばらく黙って歩いた。木漏れ日が街道に落ちている。
「……魔族の論理では、利用できる相手を無駄に失うのは愚策だ」
「そうですね」
「……だから来た。それだけだ」
光った。弱い光だった。
嘘だとは言えない種類の光り方だった。本音が別にあるのはわかるが、これも一部は本当のことだ。
「頼りになる人が来てくれて、助かりました」
アルマが足を止めた。
「……頼りになる、か」
何か言おうとして、やめた。また歩き出した。
今度は俺より少し前に出た。振り返らないまま、
「……足が速い。遅れるな」
と言った。
嘘の色は、なかった。
◇ ◇ ◇
王都に戻ったのは夕暮れどきだった。
石畳に長い影が伸びている。アルマが先を歩き、俺がそれについていく形になっていた。
白鳥亭が見えたとき、アルマが口を開いた。
「……カイト。明日、書庫の件はどうなっている」
「来週です。手紙に書いてあったとおり」
「……そうか」
「何か急ぎの理由ができましたか」
「……ない」
光らなかった。急いでいないのは本当だ。
でも次の言葉を飲み込んだ気配があった。
扉を開けながら、アルマが言った。
「……今日の話は、誰にもするな」
「護衛についてきたことですか」
「……そうだ」
「わかりました」
アルマがこちらを見た。
「……約束できるか」
「できます」
アルマがわずかに頷いた。それだけだったが、俺にはそれが何か大事なものを渡すような仕草に見えた。
◇ ◇ ◇
食堂でカルロさんが出してくれた夕食は、蜂蜜焼きのチキンだった。
アルマが席に着いた瞬間、甘い焦げ香が漂ってきた。
「……」
何も言わなかった。ただ、一口食べて、三秒止まった。
俺は自分の皿に目を落としたまま、何も言わなかった。
食事が終わって、テーブルを離れるとき、アルマが小さな声で言った。
「……美味かった」
今度は、光らなかった。
「よかったです」
「……覚えておいてやる」
嘘の色が、滲んだ。
どちらが何を覚えておくのかよくわからない文だったが、俺はとくに突っ込まなかった。
◇ ◇ ◇
その夜、アルマは珍しく部屋の前で待っていなかった。
俺が扉を開けると、中は暗かった。
そのまま毛布を敷いて眠ろうとしたとき、廊下でノックの音がした。
開けると、アルマが立っていた。
「……今夜は、ここでなくても構わない」
「え」
「……自分の部屋で眠れる」
「そうですか」
「……ただ、その」
アルマが視線を外した。
「……窓の向きが気に入らない。こちらの方が夜風が入る」
三日目にして、もう聞き慣れた種類の嘘だった。色を確かめるまでもない。
俺は扉を大きく開けた。
アルマが入ってきて、ベッドに腰を下ろした。
「……昨日より、迷惑だと思っているか」
俺は少し考えた。
「昨日より慣れてるので、たぶん迷惑の総量は同じくらいです」
アルマが俺を見た。何を言おうとしているのか、俺にはよくわからない顔だった。
「……そうか」
それだけ言って、横になった。




