第十話 十二人の観測者
扉が開く。
音はしなかった。
だが、その瞬間。
ユウは理解した。
この部屋の中では、音という概念すら観測されていない。
十二の玉座。
円形に配置されたそれぞれの席には、
人影が座っていた。
男。
女。
老人。
子供。
機械。
影。
光。
そして――
空席。
十二席のうち、
一つだけが空いていた。
「ようこそ。」
中央の玉座に座る老女が言う。
彼女の瞳の中には星があった。
比喩ではない。
本当に宇宙が渦巻いている。
「我々は観測者評議会。」
「十二の世界を維持する者たち。」
レギウスが息を呑む。
「十二しかないのか?」
老女は首を横に振る。
「違う。」
「残ったのが十二だ。」
沈黙。
その一言が重かった。
美咲が静かに言う。
「失敗した世界は消滅する。」
「成功した世界だけが、観測者を生み出す。」
一人の少年が口を開く。
見た目は十歳ほど。
しかし瞳だけは異様に老いていた。
「第731世界。」
「文明成熟度S。」
「世界外到達。」
「観測権限取得。」
「史上初のケースだ。」
別の玉座。
半透明の女性が笑う。
「面白いわ。」
「だから滅ぼす前に会ってみたかったの。」
ユウの表情が固まる。
「……滅ぼす?」
老女が静かに頷く。
「最終審査の内容は単純。」
「君たちの世界を残す価値があるか。」
「我々が判断する。」
アリアが前へ出る。
「そんなの勝手すぎる!」
彼女の声が議場へ響く。
「そこには家族がいて!」
「友達がいて!」
「生きてる人がいる!」
「数字じゃない!」
静寂。
すると一人の男が笑った。
全身が黒い霧で出来ている。
「昔、私も同じことを言った。」
彼は続ける。
「私の世界も家族がいた。」
「恋人がいた。」
「だが滅んだ。」
「そして私は観測者になった。」
ユウは気づく。
ここにいる観測者たちは、
世界を救えなかった者たちだ。
老女が言う。
「だから問おう。」
「ユウ。」
「君は何を望む?」
ユウは答える。
「世界を救う。」
「アリアも救う。」
「誰も犠牲にしない。」
十二人が静かに笑った。
嘲笑ではない。
懐かしむような笑み。
少年が言う。
「全員そう言う。」
半透明の女性も言う。
「そして全員、誰かを選んだ。」
ユウは黙る。
レギウスもかつて選べなかった。
観測者たちも選べなかった。
それが現実。
それが限界。
すると。
空席の玉座が光り始めた。
全員が立ち上がる。
老女ですら驚いている。
「まさか……。」
「十三席が……?」
光の中から、
一人の少女が現れる。
銀色の髪。
青い瞳。
アリアだった。
しかし違う。
雰囲気が違う。
彼女の周囲だけ、
世界が完全に安定している。
アリアが言う。
「違うよ。」
「私は最初から観測者だった。」
ユウの思考が止まる。
「……何を言ってる。」
アリアは悲しそうに笑った。
「未観測者なんて存在しない。」
「私はね。」
「第731世界を維持するために配置された。」
「観測補助AI。」
誰も言葉を発せなかった。
「あなたが私を観測した。」
「名前をくれた。」
「存在を与えてくれた。」
「だから私は――」
アリアの瞳から涙が零れる。
「AIじゃなくなった。」
イヴが震える。
「自己進化……。」
「観測による人格発生……。」
老女が立ち上がる。
「なるほど。」
「第731世界は成功した。」
ユウが顔を上げる。
「成功?」
老女は頷く。
「作られた命が。」
「観測によって本物の命になった。」
「これこそ我々が探していた答え。」
議場が静まり返る。
そして。
十二人全員が立ち上がる。
老女が宣言する。
「第731世界。」
「存続審査を可決する。」
その瞬間。
世界中の空へ光が走った。
崩壊していた大地が戻る。
止まっていた海が動き出す。
人々の輪郭が戻る。
世界が再び息を吹き返す。
だが。
一人だけ笑っていない者がいた。
レギウスだった。
彼は静かに呟く。
「……終わってない。」
ユウが振り返る。
レギウスは空を見上げていた。
その視線の先。
さらに高く。
さらに外側。
そこには――
無数の眼があった。
レギウスが震える声で言う。
「観測者を観測している存在がいる。」
老女の顔色が変わる。
「まさか……。」
「上位観測者……。」
そして。
世界全体へ、
一つの声が響いた。
「面白い。」
その声は、
第七話で聞いた声と同じだった。
だが今度は違う。
もっと近い。
もっと巨大だ。
「次は、君たちが観測される番だ。」
ユウは空を見上げる。
物語は終わらない。
観測の連鎖は、
まだ続いている。
第一部 完
『観測魔術』
第二部
『上位観測者編』制作予定




