第九話 最初の観測者
「やっと来たね。」
少女の声が、無限に続く階段の上から響いた。
ユウは足を止める。
その声を知っている。
忘れるはずがない。
大学時代。
量子情報工学研究室。
夜遅くまで議論を交わした、たった一人の同期。
「……美咲?」
少女は微笑んだ。
「久しぶり、ユウ。」
アリアとレギウスは顔を見合わせる。
「知り合いなのか?」
ユウは答えられない。
目の前にいる少女は、あの頃と全く同じ姿だった。
二十歳くらいのまま。
白衣を羽織り、手には一冊のノートを持っている。
だが、それだけではない。
彼女の周囲だけ、世界が「確定」していた。
階段も。
光も。
空気も。
彼女を中心に、揺らぎが存在しない。
「驚いてる?」
美咲は笑う。
「無理もないよね。」
「だって私は──」
一拍置いて、静かに告げた。
「あなたより先に、この世界へ来たんだから。」
ユウの心臓が大きく鳴る。
「先に……?」
「そう。」
「あなたが事故に遭った日の三年前。」
「私は実験中の事故で、こっちへ来た。」
ユウは記憶をたどる。
大学の研究室。
量子コンピュータの実験。
そして、一人の研究者が事故で亡くなったというニュース。
「まさか……。」
「あれ、私。」
レギウスが眉をひそめる。
「転生者が二人……?」
「いいえ。」
美咲は首を横に振る。
「もっといる。」
その一言に空気が凍る。
「この世界には、歴史上何人もの転生者がいた。」
「英雄。」
「魔王。」
「聖女。」
「賢者。」
「彼らは全員、地球から来た観測者候補だった。」
アダムは黙ってその話を聞いていた。
まるで、それが事実だと認めるように。
ユウは怒りを抑えきれず叫ぶ。
「俺たちは実験動物だったのか!」
アダムは静かに答える。
「違う。」
「君たちは"選抜試験"の受験者だ。」
「選抜試験?」
「そう。」
アダムは階段の先を指差す。
「世界の外側には、さらに高次の文明が存在する。」
「彼らは、新たな観測者を探している。」
「観測者とは、世界を維持できる存在。」
「君たちは、その適性を試されていた。」
ユウは拳を握る。
「だったら。」
「落第したら?」
アダムは目を閉じる。
「文明ごと終了。」
静寂。
その言葉の重さを、誰もすぐには受け止められなかった。
その時だった。
美咲が静かにノートを開く。
そこには無数の世界の名前が書かれていた。
No.128
No.344
No.512
すべてのページに、赤い判子が押されている。
《終了》
「……これは。」
「今まで滅んだ世界。」
ユウはページをめくる。
何百。
何千。
いや、何万という世界が記録されていた。
そのほとんどが、数千年以内に消滅している。
「こんなに……。」
美咲は悲しそうに笑う。
「731番は、奇跡だった。」
「ここまで来られた世界は初めて。」
アリアが震える声で尋ねる。
「じゃあ……。」
「私たち、本当に世界を救えるの?」
美咲はしばらく黙っていた。
そして小さく頷く。
「救える。」
「でも、そのためには一つだけ条件がある。」
「何?」
ユウが聞く。
美咲はゆっくりとユウを見つめた。
そして、誰も予想しなかった言葉を口にする。
「あなたが。」
「観測者をやめること。」
「……え?」
ユウは意味が分からなかった。
ここまで戦ってきた力を、捨てる?
美咲は静かに説明する。
「観測するから、世界は固定される。」
「固定されるから、終わりが来る。」
「もし誰も観測しなければ。」
「世界は可能性のまま、永遠に生き続けられる。」
レギウスが目を見開く。
「つまり……。」
「世界を救うには。」
「世界を"未完成"のまま受け入れなければならない。」
ユウは空を見上げる。
確定した現実か。
無限の可能性か。
どちらが本当に「生きている世界」なのか。
その答えを探すため、彼は再び一歩を踏み出した。
その瞬間、階段の最上部から、これまで聞いたことのない重厚な声が響く。
「第731世界の代表者よ。」
「最終審査を開始する。」
階段の先に、巨大な扉がゆっくりと開き始めた。
その向こうには、十二の玉座が並んでいる。
そして、それぞれの玉座には──
一人ずつ、"世界を創った観測者"が座っていた。




