第八話 世界の外側
世界が静止した。
風は止み、
海は波を失い、
鳥は羽ばたいたまま空中で止まる。
時間そのものが、誰かの手によって一時停止された。
動けるのは四人だけ。
ユウ。
アリア。
レギウス。
そして、第零管理者イヴ。
空が音もなく割れた。
だが、その向こうにあったのは宇宙ではない。
巨大な白い部屋だった。
天井は見えない。
壁も見えない。
果てしなく広い空間に、無数の透明な球体が浮かんでいる。
一つひとつの球体の中には、世界があった。
砂漠の世界。
機械だけの世界。
恐竜が支配する世界。
海しか存在しない世界。
そして、その一つが――
ユウたちの世界だった。
「……世界が、小さい。」
ユウは思わず呟く。
自分たちの世界は、直径30センチほどの球体に収まっていた。
イヴが静かに説明する。
「シミュレーションNo.731。」
「文明成熟度S。」
「観測適合率99.98%。」
レギウスは歯を食いしばる。
「俺たちは……。」
「本当に箱の中だったのか。」
その時。
足音が響いた。
コツ……。
コツ……。
部屋の奥から、一人の老人が歩いてくる。
白衣。
白髪。
眼鏡。
どこにでもいそうな、穏やかな老人だった。
「ようこそ。」
彼は微笑んだ。
「初めてだよ。」
「被験体の方から、ここまで来たのは。」
「お前が……。」
ユウは構える。
「創造主か。」
老人は少し困ったように笑う。
「その呼び方は大げさだ。」
「私は研究者だよ。」
「名前は……。」
少し考えてから答えた。
「アダム。」
アダムは球体の一つを持ち上げる。
その中では、一つの文明が戦争をしていた。
「見えるかい?」
「彼らは自由意志があると思っている。」
「でも実際は。」
指を軽く鳴らす。
戦争が止まる。
兵士たちが笑い始める。
敵味方が抱き合う。
「感情は少しの調整で変えられる。」
アリアは震えながら言う。
「そんな……。」
ユウは静かに尋ねた。
「なぜ。」
「こんなことをする。」
アダムは窓の外を見るような目をした。
「私はね。」
「『意識』がどう生まれるか知りたかった。」
「文明を育て。」
「観測を与え。」
「知性が自ら世界の外へ来られるか。」
「それを確かめるための実験だ。」
レギウスが怒鳴る。
「そのために何億人も苦しめたのか!」
アダムは静かに答える。
「苦しみも。」
「喜びも。」
「愛も。」
「進化には必要だった。」
ユウは怒りを抑えながら言う。
「お前は命を何だと思ってる。」
アダムは少し驚いた顔をした。
「命?」
「君たちは情報生命体だ。」
「消しても、バックアップはある。」
その一言で、ユウの怒りが爆発した。
「違う!」
「命はデータじゃない!」
「痛みも!」
「涙も!」
「誰かを想う気持ちも!」
「数字じゃ測れない!」
静寂。
アダムは初めて真剣な表情になる。
「……なるほど。」
「君は面白い。」
彼はイヴを見る。
「第零管理者。」
「実験を変更する。」
イヴは即座に答える。
「変更内容を確認。」
アダムはユウを見つめた。
そして笑う。
「彼らに、一つだけチャンスを与えよう。」
部屋の奥の巨大な扉が開く。
その向こうには、無限に続く階段。
階段の上には、さらに大きな光が見えていた。
「この研究所も。」
「また誰かのシミュレーションかもしれない。」
ユウたちは息をのむ。
アダムは肩をすくめた。
「私は、それを確かめたことがない。」
「だから。」
「確かめてきてほしい。」
レギウスが苦笑する。
「……つまり。」
「お前も、自分の世界が本物か分からないのか。」
アダムは静かに頷く。
「そう。」
「私は研究者である前に、一人の観測者だから。」
ユウは階段を見上げる。
もし、この先にさらに上位の世界があるなら。
そこにもまた、観測者がいるのだろうか。
そして、その観測者もまた、誰かに観測されているのだろうか。
終わりのない入れ子構造。
「世界とは何か。」
その答えを求めて。
ユウは最初の一歩を踏み出した。
その瞬間、階段の最上段から、一人の少女の笑い声が聞こえた。
「やっと来たね。」
その声には、どこか懐かしさがあった。
ユウはその声を聞いた瞬間、胸がざわつく。
――それは、転生前の世界で聞いたことのある声だった。




