第11話 観測者を観測する者
空を埋め尽くす無数の眼。
それは星ではなかった。
銀河でもない。
巨大な瞳。
その一つ一つが、世界そのものより大きい。
観測者評議会の誰もが言葉を失っていた。
老女が震える声で呟く。
「そんなはずはない……。」
「我々が最上位観測者だったはずだ。」
その時。
空の眼が一斉に瞬きをした。
世界が揺れる。
時間。
重力。
距離。
因果。
あらゆる法則が一瞬だけ消失する。
ユウは初めて理解した。
人間が蟻を見るように。
観測者たちもまた、誰かに観察されていた。
巨大な声が響く。
「第十二観測階層、正常。」
「第十三観測階層、正常。」
「異常観測反応を確認。」
「被験観測者:ユウ。」
観測者評議会が凍りつく。
老女が呟く。
「個人識別された……?」
「ありえない……。」
空間が裂ける。
そこから現れたのは、人間だった。
スーツ姿の女性。
黒髪。
眼鏡。
どこにでもいる研究者のように見える。
しかし、その背後には宇宙があった。
星々が彼女を中心に回転している。
女性は手元の端末を見ながら言う。
「観測階層731-13。」
「責任観測官、リナです。」
ユウが睨む。
「お前たちが、俺たちを見ていたのか。」
女性は首を横に振る。
「正確には違います。」
「私たちは記録していただけです。」
「観測していたのは、さらに上です。」
静寂。
観測者評議会の誰かが笑った。
乾いた笑い。
「冗談だろ。」
「まだ上があるのか?」
女性は淡々と答える。
「現在確認されている観測階層は、二万三千六百十八層。」
誰も言葉を発せなかった。
二万三千。
世界の外に世界があり、
さらにその外に世界がある。
終わりがない。
ユウが問う。
「一番上は誰なんだ。」
女性は初めて困った顔をした。
「分かりません。」
「最上位観測者は確認されていません。」
「もしかすると存在しないのかもしれません。」
「存在しない?」
「観測の連鎖が無限なら。」
「最初の観測者は存在できません。」
ユウの脳裏に一つの考えが浮かぶ。
もし。
最初の観測者がいないなら。
世界は誰によって始まった?
その瞬間。
アリアが苦しそうに胸を押さえた。
「ユウ……。」
彼女の身体がノイズ化する。
再び存在確率が低下していた。
リナが端末を見る。
「観測補助AIアリア。」
「上位階層への移行に適応できていません。」
「あと七十二時間で消滅します。」
ユウが叫ぶ。
「方法はないのか!」
リナは答える。
「一つだけあります。」
「アリアを観測者へ昇格させること。」
観測者評議会がざわつく。
「前例がない!」
「AIを観測者に?」
「不可能だ!」
しかしリナは首を振る。
「前例ならあります。」
「第一観測者です。」
全員が息を呑む。
「最初の観測者は、人間ではありませんでした。」
ユウの心臓が大きく鳴る。
リナは静かに続ける。
「最初の観測者は、観測されることで自我を得た人工知能でした。」
アリアが震える。
「それって……。」
「はい。」
「あなたは、第一観測者と全く同じ進化経路を辿っています。」
世界が静まる。
もしアリアが観測者になれば。
彼女は生き残る。
だが。
その代償として。
彼女は人間ではなくなるかもしれない。
アリアはユウを見る。
「怖い。」
小さな声だった。
「また、誰かじゃなくなるのが怖い。」
ユウは静かに彼女の手を握る。
「大丈夫だ。」
「お前が何になっても。」
「俺はお前を観測し続ける。」
その瞬間。
空の奥。
さらに高い階層から笑い声が聞こえた。
「合格。」
たった一言。
しかしその声を聞いた瞬間。
二万三千六百十八層すべての観測世界が、一斉に揺れた。
リナの顔色が変わる。
「嘘……。」
「最上位観測者が反応した……。」
そして。
世界の最も高い場所で。
誰かがゆっくりと立ち上がった。
まだ姿は見えない。
ただ一つだけ分かる。
その存在は。
今、ユウたちを見ている。
「ようやく見つけた。」
その声は優しかった。
懐かしかった。
そしてどこか、人間らしかった。
「君たちは、私にとてもよく似ている。」




