人間の戦士
スライムの森へ、招かれざる者が
「ぴぎゃあああ」
俺の体の一部が切られた。
「べちゃり」
地面にシミを残す。
辺りには、同じような複数の地面のシミと、コアが転がっている。
血のような赤いシミもあるが、目の前の人間に傷は無い。
スライム以外の何かがやられた後かもしれない。
俺と対峙している人間は、この前見た「こん棒と布の服を装備した村人A」のような相手ではない。
皮の鎧と兜、木の盾に銅の剣を装備した戦う人間「戦士」だ。
スライムがかなう相手なのか?
いや、消し飛んだ俺の体の一部が「無理だ」と言っている。
転がる俺にとどめを刺そうと、剣を振りかぶる人間が迫る。
「ピギー!」
気合の雄たけびを上げてイムオが戦士に体当たりをするが、盾で防がれてノーダメージだ。
戦士の足元に転がるイムオ。
「雑魚のくせに生意気だ!」
イムオは戦士に蹴り飛ばされ、多量の汁を飛ばしながら藪の中に消えた。
「ああ、イムオ!」
俺はイムオが心配だったが、戦士は素早く俺の前に立つ。
くそっ、スライムの俺じゃ、もう無理か
そう思ったのだが、戦士の首に黄色い触手が絡まり締めあげている。
戦士は触手を「ぎゅ」と掴む。
「ピー」と鳴く触手の主はホイミスライム。
戦士は掴んだ触手を振りかぶり、地面にホイミスライムを叩きつけた。
「あああ、そんな……」
遠心力と戦士の膂力を加えた攻撃で、ホイミスライムは地面のシミとなり、ビー玉ほどの丸いコアになってしまった。
俺に向き直った戦士が迫る。
今度こそ終わりだ。
そんな俺の耳に、聞いたことのないスライムの声が聞こえた。
「メラ!」
戦士の顔面に小さな火の玉が当たった。
戦士の鼻は少し焦げたが、あまりダメージはないかも。
しかし、その声の主は、人間の言葉で喋り始めた。
「ワレ、でかい図体してどんくさいのー。そんなんも避けられんのか。ばーか、あーほ」
金属の光沢を放つ、そのスライムは戦士を挑発している。
あれはメタルスライム?
メタルスライムは、わざとゆっくりと戦士のそばまで来た。
そして、突然振り返り素早く距離を取った。
数回、その行動を繰り返す。
おちょくっている……
戦士はいきり立って、そのスライム目掛けて走り去った。
なんだったんだ、あれは。
「よかった、あなたは無事ですね。ベホマ」
背後から現れたミルンさんにベホマを掛けてもらい、俺は元気になった。
「あのメタルスライムはいったい……あ、ミルンさん、向こうにイムオがいる。助けてやってくれ!」
……
いったいなんでこんな展開になっているのか。
時を戻そう。
俺とミルンさんは沼地の孤島から、イムオのいる湿地に戻った。
スライム達に家などなく、思い思いに過ごしているようだ。
泥水を啜っている者、うたた寝をしている者、おっかけっこや体当たりをしている者。
かなり自由だ。
ミルンさんはイムオの話を聞いて、俺がイムオを助けたと理解したようだ。
「こいつ、ボク、イムオ、たすけた」
「ええ、それで?」
「なかま、やられた、にんげん、たべた」
「ああ、なるほど……」
横で聞いていた俺は、「これ、会話成立してるの?」と思っていたが、ミルンさんはしっかりと理解していた。
「人間を倒して、この子を助けてくれたのですね。あまり強そうではないのに、感謝します」
いや、「強そうではない」は余計ではないか?
しかし、フワフワと浮かんだままお辞儀をする、ミルンさんの愛らしい姿で許してしまう俺。
俺の「元は人間だったかも」や「記憶が曖昧」な話をしていると、ミルンさんは
「王ならば、なんとかできるかもしれません」
と言う。ええと、王様!?
王と言えばキング!ジャンボなキングのスライム!?
「王様には会えるんですか?」
「そうですね。一度、私が王に掛け合ってみます」
そんな時、少し離れた藪が揺れた。
仲間の気配じゃない。
いや、仲間以外の気配なんてわからない。
俺は咄嗟にミルンさんの後ろに隠れてしまった。
我ながら情けないのだが、体が勝手に動いたのだ。
きっとスライムの防衛本能だ、オレハワルクナイ。
藪から飛び出してきたのは真っ黒なコウモリだった。
大きな口と、触覚が…
ドラキーじゃないか!
しかし、そのドラキーは数か所の切り傷と出血をしている。
フラフラと飛んでいたが、ミルンさんの前で地面に落ちてミルンさんの前で倒れた。
「大丈夫ですか?ベホマ」
ディロリロリロ
効果音は俺の脳内再生かもしれない。
白い光に包まれたドラキーの血は止まり、傷は塞がった。
「た、たすかった。にんげん、きた」
ドラキーのカタコトを要約すると、数人の人間が森に侵入してモンスターを狩っているらしい。
このドラキーはなんとかここまで逃げてきたようだ。
しかし、正確な人間の数や武装などはわからないと言っている。
ミルンさんは周囲のスライムに「湿地の奥に逃げて」と言うが、スライム達は自由だ。
数体のスライムは逃げたようだが、かなりの数が……なんというか、話を聞いていなかったのか、遊んでいるように見える。
「仕方ありません。あなた、戦えるのでしょう?行きますよ」
ミルンさんは俺に小声でそう声を掛けると、次は大声で
「戦えるものはついてきなさい!」
そう言って先陣を切って飛んで行ってしまった。
いや、その、俺、そんなに早く移動できません。
とにかく、見失わないように走った。
そうしてたどり着いたのが、森の中の岩場。
草木が少なく、岩の固い地面の広場。
数匹のスライムは俺についてきていた。
ミルンさんは居なくなっていた。
そこで目にしたのは、一人の人間がスライムを叩き潰している所だった。
剣、盾、鎧のフル装備の戦士だが、カッとなった俺は何故か突撃していた。
そして、まんまと返り討ちにあったのだ。
そこへ、メタルスライムきた、メタルどっかいった。戦士もどっかいった。ミルンさんきた。
あれ、俺の言語能力、スライム化してる?
まあ、とりあえず俺もイムオも助かったのだが、被害は結構多い。
地面のシミと、転がる数十個のコアが物語っている。
「ミルンさん、これは一体……人間はなんでこんな事を……」
俺はくやしさと悲しさで涙が出そうだった。
しかし、ミルンさんは俺を見ていない。
遠くを見つめながら
「回復しましたね。次が来ます」
そう言うミルンさんの視線の先を、俺も見た。




