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推理合戦

イチとの世界に入り込んでしまったナリを現実に引き戻すかように、蜂谷が口を開いた。


「君は復讐代行業ではないんだろう? 君は殺す意志はあったと言った。ならば、雇われたという推測にも筋は通る。だが、依頼者と契約関係にあるからには確実に男を殺さないといけない。君みたいな快楽的に殺しを楽しむやつがよこされるとは思えない。だが、君はこうとも言った。『悪いやつはいい』と。つまり、君は殺すべき悪とその他を区別して犯行に及んだわけだ。そんなこと、組織立っていないと難しい。君はどこかに所属しているよね?」


蜂谷が真っ直ぐ、ナリを見つめた。緊張した雰囲気とは逆に、ナリは袖口を口元にやると首をかしげる。


「うん?…………でも、別に所属はしてない……だって、もうイチ様の。」


本当に探偵?とナリが首を傾けた。


「なっ……! 君!」


蜂谷の推理は完璧でなければならない。例え、推理の大半が合っていようと、一部でも真実と違ってはいけないのだ。

隣に長年自分を慕ってきた助手がいるならなおさらだ。慌てて蜂谷が口を開いた。


「しかし、君! そういう組織は簡単には抜けられるわけがないだろう?」


「私……抜ける……イチ様の……」


ナリが泣きそうになりがら、イチを見る。それにイチが安心させるように微笑んでから口を開いた。


「おそらくナリちゃんを拾ったのは私たちと似たような組織でしょう。ナリちゃんのアーミーナイフに印された元号はこちらの世界で使われてはいないものでした。すなわちナリちゃんは異なる世界の者。いわば、我々のライバル会社から拾われたようなものです。要は私たちがナリちゃんをヘッドハンティングしたようなものです。」


安心したようにイチに抱きつくナリとは逆に、蜂谷が鋭い目でイチを見る。


「待て。今『こちらの世界で』と言ったよね。君たち何者?」


「私たちは世界を又にかけるもの。そして、ナリちゃんも同じく私たちの仲間。こちらの世界に捕まるわけにはいきません。」


「つまり……犯罪者を見逃せと?」


イチの言葉に蜂谷が眉を寄せ、冷たい声でイチに問う。それに沙耶がバッと蜂谷の方を振り向いた。


「そんな! ダメに決まってます! ね、先生!」


「いいよ。」 


犯罪者を見逃すなど、正義を理由に探偵業を営む者に許されるわけがない。沙耶はすぐさまイチを批難するが、そんな中以外にもイチを肯定したのは蜂谷だった。沙耶が信じられないものを見るかのように蜂谷をガン見する。


「せ、先生!」 


「まあ、条件がある。僕より早く次の謎を解いたらいいよ。」


ニヤリと蜂谷が笑う。それを見て状況を理解した沙耶は顔を歪めた。大人げない、と。


誰が世界の名探偵に推理で勝つことができるだろうか。

端から蜂谷はナリを逃すつもりなどないのだ。


「ただし、君はダメだよ。君以外のやつらから選びなよ。ヘッドハンティングするんなら、優秀な社員がいる会社じゃないといけないだろう?」


「イチ様! こいつ、イチ様を馬鹿にした? 殺る?」


目を赤く染めるナリをイチが制す。それに若干震えながらも、蜂谷がイチを見て意地悪く笑った。


「さぁ。誰を選ぶ?」


蜂谷の挑発を合図に、イチがメンバーを見る。


まず、ナリー。

彼女はいわゆる「使えたい側」の人間だ。自分で考えて動くより人の命令を遂行するのが好きであろう彼女には負担が大きいはずだ。


続いてウォール。

考えるより暴れたい派の男だ。途中から推理をやめて暴走しだす可能性大だ。すなわち例外。


そしてディオー。

脳筋。例外。


ケンはどうだろうか。

ケンは情報通だ。監視カメラの映像を操ったのもこの男だった。だが、年中スマホを弄っては寝不足な男だ。今こうしている間にも頭は動いていないかもしれない。


イチがケンを見て不安になったときだった。隆平があくびをするのがイチの目に入った。


そう言えばー


と、イチが思い返す。


最初イチは隆平という男が使えるかどうかを試そうと思っていたのだった。


ーこの男がどこまで使えるか


そう思ったやいなや、イチはニヤリと笑って蜂谷を挑発的に見返した。


「チームクロカンからは、上谷隆平が行きます!」


クロスオーバー管理人、すなわちクロカン。ネーミングセンスの最悪さに、一同は最初はクロカンが何か分からなかった。


だが、隆平が我に返ったようにはっとして言った。


「クロカンてなんだよ!……てか、俺かよ!!」


こうして、ナリをかけた推理合戦が行われることになった。

    



            ◇




蜂谷の事務所で、イチたちは依頼者が来るのを待っていた。ウォールは既に他人事として、ディオを弄っては楽しんでいた。ケンはひたすらスマホでゲームをプレイしているし、ナリは相変わらずイチにひっついている。


そんな中プレッシャーからおかしくなりそうなのは隆平だった。まるで他人事かのように自由行動を極める連中に一人の人間の成り行きを委ねられた隆平は、緊張からか事務所の中を目だけ動かして観察していた。


隆平が所属する所がシンプルすぎるならば、こちらはごちゃごちゃしすぎている。


ソファに投げ散らかされた服に、テーブルの上に散乱したお菓子。物がぐちゃぐちゃに詰め込まれた棚を見れば、ビンに入った薬がいくつか置かれていた。薬には消費期限を気にしない人もいるが、薬とていつまでも万能なわけではない。医者の息子として育った隆平には気になってしかたがなかった。


ーあれ、大丈夫なんだろな。


そう怪訝に思いながら、隆平が薬の入った棚を見つめていたときだった。


ーガチャリ


扉が開く。


緊張と共に隆平が扉の先を見る。そこには、宝石を首やら指やらにじゃじゃらとはめ、しまいにはこれまた宝石で縁取られたゴージャスなサングラスをかけたふくよかな女性がいた。


「あら。密ぅ。」


狭い空間に人がいっぱいなのを見て、女性が呟いた。


「しかも、イケメンが1、イケメンが2、イケメンが3、イケメンが4っっっ! 密ぅ。甘い密ぅ。」 


女性が興奮したように顔を真っ赤に染めていた。


「男は5人だけどね~? 1人ハブられたのは誰かなぁ?」


蜂谷がキョロキョロと男たちのいる方を見た。こういうときは名推理は発揮されないようだ。


「さっそく相談いいかしらぁ。」


そう言うやいなや、女性がどかっとソファに腰を下ろす。とたんにあらゆる匂いが事務所全体に広がっていく。様々な香水が混じった匂いだ。それに隆平が顔をしかめながらも、依頼内容に内心緊張していたときだった。


「ナリちゃん大丈夫ですか?」


「くさ……い。」 


空気を読まない声が聞こえてきたのである。


真っ青になった隆平がナリとイチの口元を押さえる。そして、周りには聞こえない声で隆平がナリたちにきれかかった。


「おい! てめえら! 人がこれから推理するときに余計なことしやがって!」


「レモン……エタノール……ケトン……テルペン……」


「おや。いろんな匂いが交ざってるんですね。ナリちゃんにはきついですかぁ……私もはじめからきついです。」


「てめぇらはもう口を開くな、いいか!?」


こそこそと隆平がイチたちを注意してソファに戻れば、女性がハートの目で隆平を見つめていた。


「はじめましてぇ。私、金富 沙吉(かなざわ さきち)ともうします。」


そう言って女性が手袋の上から指輪のじゃらじゃらはめられた手で髪を横にといた。そう、手袋の上からである。違和感に気づいた沙耶がすかさず指摘する。


「わ! 手もしかして荒れてます?」


沙耶が心配そうに女性の手を見やった。隆平も気になるのかその手を見つめていた。だが、そんな彼らの心配は必要なかったようでー。


「あら。お気遣いどうも。そうなんざます。急に湿疹ができたんざます。本当謎ざます。夫や子供たちはストレスじゃないかって言うのよ。おほほ。」


見た目よりはたいして痛みはないのか、女性は笑い飛ばすと、出されたお茶を一気に飲み干した。


「ぷっぱぁ。喉カラカラだったから助かったざます。それで相談なんだけどぉ……」


女性がコップを机に置いて、相談内容を語りだした。


「最近、私の子供たちが毎晩1つずつ消えているざます。」


「ちょっと待って!」


蜂谷がすかさずツッコんだ。


「そんな宝石が一つずつ消えてます、みたいな感じやめて? 子供たちならそれ立派な誘拐事件だよ!? おそらく……まあ、事件として僕の耳に入ってきていないこととマダムの表情からして、実際の子供じゃなくてメタファー的な表現なんだろうけど、修辞表現はなしでお願い! 今、この子とバトル中だから!」


そう言って蜂谷が隆平を指差せば、沙吉は「まあ」と目をぱちくりさせて隆平を見つめた。「応援しているざます」なんて言うくらいだからよっぽどイケメンの力は強いのだろう。


「最近、私の息子もとい宝石たちが毎晩1つずつ消えているんざます。」


沙吉が改めて、依頼内容を説明した。


「そして予告状が届くようになったんざます。」


「まって。『届くようになった』て? 最近のことなのかい?」


蜂谷が怪訝そうに沙吉に問う。


「ええ。まあ……。ちょうど私の息子石たちが盗まれるようになってから、2日目からざます。」


「ちょっとそれ見せてもらえる?」


蜂谷が言うと、沙吉は頷いてそれを渡した。隆平に。


「…………………」


「……なるほどな。」


両手を差し出して、そのまま空気中で手を硬直させた蜂谷の隣で、沙吉にお礼を言って隆平が予告状を受け取る。そして、固まった手を唖然と見つめる蜂谷の横で、隆平がまじまじと予告状を見つめた。そこにはー。


【これから毎晩、貴様のお宝をちょうだいしよう。】


と書いてあった。まるでコンピューターで書かれたかのような達筆な字だ。だが、汗で文字が所々が滲んでいるため、おそらく手書きで書かれたのだろう。


「なるほど。……これは手書きみてぇだな。」


まるで探偵みたいにそう考察する隆平を見て、ケンとウォールがこそこそと口に手を寄せあっていた。


「まるで名探偵だな……俺だったら恥ずかしいわ。」


「迷探偵にならへんとええですね。」


「うっせぇわ!!」


青筋を浮き上がらせて隆平が言えば、蜂谷がすかさず隆平の手から予告状を奪い取った。


「ふぅん。なるほど。確かに手書きだ。ちなみに君どうしてそう思った?」


「滲んでるだろ……」


「濃淡、字の盛り上がり方、光沢、手触り……『それら』を考慮したら『確実』に『手書き』だね!」


所々強調して隆平の粗を蜂谷がつつけば、隆平は再び青筋を浮き上がらせていた。


「それにだいたい犯人像が見えてきたよ。」


「!」


余裕そうに蜂谷が予告状を沙吉に返した。その横で隆平が悔しそうに唇を噛み締めている。


そうー。


蜂谷は、イケメンが否かという理不尽極まりない基準による扱いの差をかなり根に持っていたのである。


「大人げない……」


沙耶が恥ずかしそうに、そう呟いた。

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