↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レーヴァルト戦記 ~最弱のコピー能力が別の魔法に化けるので、恩人の領主を守るために戦います~  作者: 深夜のトースト
第1章 銀の盾と、劣化の傭兵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/73

第8話 届け、この一撃

 振り下ろされる。


 岩塊の前脚が、月明かりを裂いて、ロゼリアの頭上に落ちてくる。


 時間が、粘つくように引き伸ばされた。


(――速い)


 考えるより先に、体が動いていた。


 地面を蹴る。手を伸ばす。ロゼリアの作業着の襟首を、指先が掴む。


 力任せに、引き倒した。


 二人分の体重もろとも、地面に叩きつけられる。その頭上を、岩の脚が、ごう、と空気を裂いて通り過ぎた。


 ドゴォンッ――!


 地面が、陥没した。


 すぐ脇の土が、爆発したように跳ね上がる。土塊と小石が、雨のように降り注ぐ。ロゼリアの頭を胸に抱え込んで、背中でそれを受けた。


「無事か、ロゼリア!」


「え、ええ……っ」


 腕の中の声が、震えていた。


 壊れた拘束具を、まだ握りしめている。その指が、真っ白になっていた。


「……ごめんなさい。私の道具が、通用しなかった」


「謝るのは後だ」


 雷夕は、ロゼリアを背中に庇うようにして、体を起こした。


 魔物が、陥没した地面から前脚を引き抜いている。土煙の向こうで、赤い目が、ぎょろりとこちらを向いた。


 逃げ場はない。


 剣は通らない。ロゼリアの鎖は砕かれた。狙った『劣化』は、苔を揺らしただけ。


(考えろ――)


 さっきの一撃。


 考えて、考えて、狙った。反対を、隣を、必死に計算した。そして――掠めた。


 訓練場でも、そうだった。三十回狙って、三十回外れた。


 狙えば、外れる。


 狙えば、掠める。


(――なら)


 雷夕は、握っていた剣を、足元に落とした。


 カラン、と。乾いた音。


「雷夕!? 何して――」


「狙わない」


 短く、言った。


「何に化けるかを考えるのは、やめる。――その代わり、何を写すかだけは、俺が決める」


 目を、魔物に向ける。


 いや――その、足元に。


 たった今、地面を陥没させた、あの踏み込み。岩の脚が大地を叩いた瞬間、足の裏から脳天まで突き抜けていった、あの衝撃。地面そのものを揺るがし、土を爆ぜさせた、破砕の波。


 この魔物が持っている中で、一番でかい力。


 それを、写す。


 ――それだけを決めて、あとは、全部、手放す。


 両手を、大きく開いた。


 頭の中から、計算を追い出す。反対も、隣も、ロゼリアの手帳の数字も、全部。


 ただ、見る。


 ただ、焼き付ける。


 魔物が、地を蹴った。


 迫ってくる。岩の巨体が。赤い目が。捻じれた牙が。


「――『劣化』ァアアアアアッ!!」


 ドクンッ!!


 心臓が、胸の内側から殴りつけてきた。


 手のひらの奥から、何かが溢れ出す。引き抜かれる、のではない。溢れ出す。堰を切ったように。これまでのどの発動とも、まるで違う。体の芯が、燃えるように熱い。


 放たれたものは、見えなかった。


 光も、風も、靄もない。


 ただ――空気が、震えた。


 ヴゥゥゥゥゥン――ッ。


 低い、低い唸り。耳ではなく、骨で聞く音。足元の小石が、細かく跳ねる。木々の葉が、一斉にざわめく。ロゼリアの壊れた拘束具が、手の中で、かたかたと鳴る。


 その震えが、突進してくる魔物に、真正面からぶつかった。


 ――弾かれない。


 岩の鎧の表面で止まらずに、それは、水が砂に染み込むように、鎧の内側へと、吸い込まれていった。


「――ギィイイイイイッ!?」


 魔物の喉から、甲高い悲鳴が迸った。


 突進が、止まる。巨体が、つんのめる。


 外から叩けば弾かれるはずの力が、鎧の内側で、反響していた。岩と岩の継ぎ目の奥で、押し合い、跳ね返り、逃げ場を失って、どんどん膨れ上がっていく。


 ピシッ。


 鎧の表面に、細い線が走った。


 ピシッ、ピシッ――ピシピシピシピシッ!!


 線が、増える。枝分かれする。一本が二本に、二本が四本に。灰色の岩の鎧を、細かな亀裂が、生き物のように這い広がっていく。


「鎧が――割れてる!?」


 ロゼリアが、叫んだ。


 雷夕は、その罅を、見ていた。


 見覚えが、あった。


 蜘蛛の巣の、形。


 工房の作業台。樫の天板に走った罅。触れたところから、乾いた土くれのように、ぽろりと崩れた――あの形。


(あれと、同じなら)


 罅の広がり方を、目で追う。


 線は、どこからでも走っているわけではない。全部の罅が、一点から、放射状に広がっている。魔物の右の肩口。岩と岩の継ぎ目が、一番深く刻まれた場所。


 ――罅が一番集まっているところが、一番、脆い。


 雷夕は、足元の剣を、拾い上げた。


 地を、蹴る。


 一歩。砕けた地面が跳ねる。


 二歩。震えに苛まれた巨体が、苦し紛れに牙を振り回す。身を沈めて、潜る。牙が、髪の先を掠めていく。


 三歩。


 懐。


 目の前に、罅の中心があった。


「――届けぇえええッ!!」


 剣を、突き込んだ。


 ガギッ――!


 硬い。一瞬、刃が止まる。


 それでも、押す。体ごと、押す。


 ――ボロッ。


 罅の中心から、岩の鎧が、崩れた。


 剣先が、その奥の、柔らかなものに沈み込む。


 ずぶり、と。鍔元まで。


「――ヴォ……ヴォオオオ……」


 魔物の喉から、空気の抜けるような声が漏れた。


 断末魔にしては、あまりにも弱々しい声だった。それでも、それは確かに、命が抜け落ちていく音だった。


 巨体が、傾いでいく。


 雷夕は、剣の柄から手を離して、よろめくように後ろへ下がった。


 ゆっくりと。


 ゆっくりと。


 岩の鎧に覆われた体が、地響きを立てて、横倒しに沈んだ。


 ズゥゥゥン――……。


 静寂。


 森を渡る風の音だけが、やけに大きく聞こえた。


「……終わった、のか」


「終わったわ」


 背中で、ロゼリアの声がした。


「あなた、今の――」


「狙わなかった」


 雷夕は、振り向かずに答えた。


「何を写すかだけ決めて、あとは、考えるのをやめた。……そしたら、出た」


「狙わない方が、強く出た……?」


「かもな。それと――あの罅」


 横倒しになった魔物の、肩口の罅を、顎で示す。


「工房で、あんたの天板を割った時と、同じ形だった。だから、どこが一番脆いか、分かった」


 ロゼリアが、息を呑む気配がした。


「……あの失敗が。役に立ったの?」


「役に立った。――あんたが、あの瓶を写させてくれたからだ」


 振り向いて、笑ってやろうとした。


 ――視界が、傾いた。


(あ、れ)


 膝が、抜けた。


 地面が、斜めに迫ってくる。受け身を取ろうとした腕に、力が入らない。


 手のひらが、冷たい。いや、手のひらだけじゃない。指先から、腕から、胸の奥から、熱という熱が、根こそぎ消えていく。工房で七回写した時とも、国境の戦場の時とも、比べものにならない。


 体の中が、空っぽだ。


 空っぽの井戸の、さらに底が、抜けたような。


 どさり、と。


 頬に、湿った土の感触。


「――雷夕!? 雷夕っ!!」


 ロゼリアの声が、遠い。


 肩を揺さぶられている。分かる。分かるのに、目が開かない。


「しっかりして! ねえ、聞こえてるんでしょう――雷夕ッ!!」


 声が、どんどん、遠くなっていく。


 分厚い水の底に、沈んでいくように。


 最後に聞こえたのは、ロゼリアが誰かを呼ぶ、悲鳴のような叫び声だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。