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レーヴァルト戦記 ~最弱のコピー能力が別の魔法に化けるので、恩人の領主を守るために戦います~  作者: 深夜のトースト
第1章 銀の盾と、劣化の傭兵

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第6話 狙って外れる男

「――あの円盤の、残り滓よ」


 翌朝、工房の扉を開けるなり、ロゼリアはそう言った。


 挨拶も、前置きもなかった。作業台の前に立ったまま、こちらに背を向けて。その台の天板には、昨日の蜘蛛の巣の罅が、そのまま残っていた。


「アリシア様の盾。壊れた円盤の中に、まだ少しだけ魔力が残ってたから、採っておいたの」


「……あれを、写させたのか」


「ええ」


 ロゼリアは、振り向いた。


 目の下に、うっすらと隈があった。昨夜は、あまり眠れなかったのだろう。


「期待、してたのよ。あなたの『劣化』で、あの盾の力が、何か別の形の"守り"に化けてくれないかって」


 自嘲するように、口の端が上がる。


「一撃しか保たない盾じゃなくて。もっと長く、もっと広く、あの人を守れる何かに。――そうしたら、あなたがあの人の隣で、それを使ってくれるかもしれないって」


 指先が、天板の罅をなぞる。


 ぽろり、と。樫の木の欠片が、また一つ崩れた。


「でも、守る力の反対は、壊す力だった。……考えてみれば、当たり前よね。昨日の結果どおりなら、そうなるに決まってるのに」


 工房の中が、しんと静まり返った。


 雷夕は、しばらく黙って、その罅を見ていた。


 蜘蛛の巣の形。あの戦場で、アリシアの手の中で、悲鳴を上げながら砕けていった盾と、同じ形。


 それから、頭を掻いた。


「――なあ」


「何よ」


「あんた、あの盾、一撃しか保たないって言ったよな」


「……言ったわね」


「つまり、相手の二撃目が来る前に、こっちが止めりゃいいんだろ」


 ロゼリアが、眉を寄せた。


「何が言いたいの」


「守るのが出ないなら、守らなくていい。相手の剣でも、鎧でも、あの白い光を撃つ手でも――二撃目を撃たれる前に、ぶっ壊して止めればいい」


 雷夕は、天板の罅を、とん、と指で叩いた。


「使い道は、俺が決める。そう言ったろ」


 ロゼリアは、目を丸くした。


 ぽかんと、口を半開きにしたまま、しばらく雷夕を見つめていた。


 それから――ふっと、吹き出した。


「……何それ。乱暴すぎる」


「傭兵なんでね」


「職人に言う台詞じゃないわよ」


 そう言いながら、ロゼリアは手帳を開いた。


 昨日の最後の一行の下に、何か書き足している。覗き込もうとしたら、ぱたんと閉じられた。


「いいわ。だったら、今日からは"狙う"練習よ」


 その目に、昨日までの光が、戻っていた。


「出るものは選べなくても、出る方向を、少しでも寄せられるように。――昨日の仮説が正しいなら、出したいものの反対を写せば、出したいものが出るはず」


「……ややこしいな」


「ややこしいことを、簡単にするのが職人の仕事よ」


 *


「はい、もう一回」


「……これ、何回目だ」


「三十回目。三十一回目でコツを掴むかもしれないでしょう」


 工房の裏の、小さな訓練場。


 踏み固められた土の上に、ロゼリアが運び込んだ作業机が一台。その上に、標本の瓶がずらりと並んでいる。


 狙いは単純だった。


 写す前に、「こう化けろ」と頭の中で念じる。反対か隣に化けるのなら、化けてほしいものの反対を写せばいい。


 理屈の上では。


「今度は"風"の残滓よ。狙いは、反対の"土"。意識を集中して」


「分かった、分かった」


 瓶の中の、渦を巻く淡い光を見つめる。


 土。土。土。重くて、硬くて、動かないもの――。


「『劣化』!」


 ふわっ、と。


 手のひらから、甘い香りが立ちのぼった。


 花の匂いだった。それも、むせ返るほど濃い。訓練場の空気が、一瞬で花畑の真ん中みたいになる。


「……なんだこれ」


「植物系ね。土から生えてくるものって意味じゃ、近いと言えなくもないけど」


 ロゼリアは律儀に記録しながら、鼻を摘んでいる。


「もう一回」


「花の匂いで満足しちゃダメか」


「ダメに決まってるでしょう」


 *


 昼を過ぎても、成果らしい成果は出なかった。


 水の残滓を写して「炎」を念じれば、出てきたのは、足元にまとわりつく重たい霧。光の残滓で「闇」を念じれば、なぜか周りの音が、きんきんと甲高く反響した。


 どれもこれも、狙いには掠りもしない。


「くそ……ここまで外れると、逆に才能あるんじゃないか。外す才能が」


「変なところで前向きね、あなた」


「褒めてくれてありがとう」


「褒めてないわよ」


 息を切らしながら軽口を叩く雷夕に、ロゼリアは呆れたように笑った。


 それから、手帳をめくりながら、少しだけ真面目な声になった。


「でも、悲観する結果でもないのよ。意識の向け方で、出てくるものの"種類"に、ほんの少しだけど偏りが出てる。完全な無作為じゃない」


「ほんの少し、なあ」


「ほんの少し。――狙って出せるようになるには、まだ相当かかるわね」


 身も蓋もない正直さに、雷夕は苦笑した。


 机の端に、昨日の札のない瓶が、置かれていた。


 ロゼリアは、時々、手を止めて、その瓶を見る。それから、何事もなかったように、次の標本を手に取る。


「……あの人さ」


 休憩の合間に、水筒の水を呷りながら、雷夕は聞いた。


「自分用の盾、あれ一枚しか持ってなかったのか」


「作らせてくれないのよ」


 ロゼリアは、溜め息混じりに答えた。


「あの円盤ひとつ作るのに、どれだけの素材と手間がかかると思う? それを知ってるから、『私の分を作るくらいなら、国境の守備隊に回して』って。何度言っても、聞きやしない」


「……らしいな」


「らしいでしょう」


 ロゼリアは、瓶をひとつ、指先で弾いた。


「だから、あなたに期待したの。――勝手にね」


 雷夕は、水筒の蓋を閉めた。


 それから、立ち上がった。


「もう一回、いいか」


「あら。珍しく積極的じゃない」


「せっかくなら、今日中に一つくらいは、狙い通りに出したいだけだ」


 次の瓶を手に取る。治癒の残滓。昨日は、浮遊に化けた。


 だったら――今度は、「重く」を念じる。浮く反対。押さえつけるもの。


「『劣化』!」


 ゴウッ!


 手のひらから、突風が吹き出した。


 机の上の手帳が、標本の札が、書き散らした紙の束が、一斉に宙に舞い上がる。


「うわ、紙が!」


「あああっ! 待って待って、それ大事な記録――!」


 二人して、舞い散る紙を追いかけて、訓練場を走り回る羽目になった。


 *


 紙をかき集め終えた頃には、訓練場の隅の篝火台に、火が入れられていた。


 薪の爆ぜる音が、ぱち、ぱち、と静かに響く。


「……今日も、狙い通りにはいかなかったな」


「そうね。でも」


 ロゼリアは、皺だらけになった紙束を胸に抱えながら、それでも笑っていた。


「今日の"風"、昨日の"浮遊"よりは、ちょっとだけ"重く"の方に寄ってたわよ。吹き飛ばす力って意味ではね」


「気休めだろ、それ」


「気休めじゃないわ。データは嘘をつかないの」


 雷夕は、篝火の炎を眺めながら、ぼやいた。


「……先は長そうだな」


「長いでしょうね。でも」


 ロゼリアは、当然のように付け加えた。


「長い方が、面白いじゃない」


 雷夕は、しばらく黙ってから、小さく笑った。


「……ああ。そうだな」


 *


 城の回廊を、宛がわれた部屋の方へ戻る途中だった。


 燭台の灯りが、等間隔に、石の床に光の溜まりを落としている。その一つ一つを踏みながら、雷夕は欠伸を噛み殺した。


 角を、曲がる。


 次の光の溜まりの中に、銀の髪が立っていた。


「――雷夕」


 アリシアだった。


 供の一人もつけていない。手には、一通の手紙を握っている。封はもう切られていて、紙の端が、くしゃりと握り潰されていた。


 その顔を見て、雷夕は欠伸を引っ込めた。


 執務室で手紙を書いていた夜とも、戦場で剣を振るっていた時とも違う。


 ――迷っている、顔だった。


「どうした」


「……呼び止めて、ごめんなさい。これは、公務じゃないの」


 アリシアは、握った手紙に目を落とした。


 少しの間、唇を噛んで。


 それから、顔を上げた。


「個人的に、頼みたいことがあるの」


 握り潰された手紙の端に、雷夕は、走り書きの一行を見た。


 震える文字で。


 『――西の柵が破られ、羊が二頭いなくなりました。次は、人かもしれません』


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