↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レーヴァルト戦記 ~最弱のコピー能力が別の魔法に化けるので、恩人の領主を守るために戦います~  作者: 深夜のトースト
第3章 焦土に芽吹く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/73

第11話 地を這う火

翌日の昼。


帝国軍は、今度は、隠れもせずにやって来た。


北の草地を、黒い鎧の列が、整然と埋めていく。

征用兵の列は、その後ろに下げられていた。昨日とは、逆だった。


そして、隊列の、真ん中。


黒い軍馬が一頭、ゆっくりと、前へ進み出てきた。


*


「――あいつか」


城壁の上で、雷夕は、目を細めた。


鞍の上の男は、若かった。

赤みの強い金髪を、短く刈り込んでいる。上等な鎧。その両の籠手だけが、煤で、真っ黒に汚れていた。


トマスの話と、同じだった。

広場の天幕で、カランドの人々が口々に語っていた姿と、同じだった。


男は、城壁から二百歩ほどのところで、軍馬を止めた。


ひらりと、鞍から降りる。


一人で、歩き出した。


*


「……おい」


ガストンが、眉をひそめた。


「一人で来やがるぞ、あの野郎」


男は、帝国兵の列から離れて、たった一人で、草地を歩いてくる。


剣も抜かず。

盾も持たず。

散歩でもするような、軽い足取りで。


百五十歩。


百歩。


「――射てッ!」


ガストンの号令。


城壁の上から、矢が放たれた。


ヒュヒュヒュンッ――!


十数本の矢が、一人の男めがけて、弧を描いて降り注ぐ。


男は、足を止めなかった。


ただ、右の足で、地面を、とん、と軽く踏んだ。


――ゴォッ!!


男の足元から、炎が、噴き上がった。


*


壁、だった。


炎の、壁。


男の前に、地面から真っ直ぐに立ち上がった炎の幕が、降り注ぐ矢を、一本残らず呑み込んでいた。矢羽根が燃え、矢柄が燃え、鏃だけが、赤く焼けて、ぽとりぽとりと草の上に落ちる。


炎の壁は、すぐに消えた。


その向こうで、男は、何事もなかったように、また歩き出していた。


「……なんだ、ありゃあ」


ガストンの声が、掠れていた。


雷夕は、答えなかった。


答えられなかった。


背筋を、冷たいものが、ゆっくりと這い上がっていた。


(――踏んだだけで、あれか)


*


男が、城壁から五十歩のところで、足を止めた。


城壁を、見上げる。


雷夕と、目が合った気がした。


「――ベルリアの諸君!」


よく通る声だった。

軽く、明るく、ほとんど愉しげですらあった。


「私はディートリヒ・ヴァイス! 昨日は、私の征用兵たちが世話になった! ――殺さずに追い返してくれたそうだね。実に、優しい!」


城壁の上が、静まり返る。


「その優しさに、敬意を表して! 今日は、私が直々に、挨拶に来た!」


ディートリヒは、両腕を、大きく広げた。


「では――始めようか」


*


右の足が、地面を、強く、踏んだ。


ダンッ――!!


地面が、割れた。


いや、割れたのではない。

草地の土の上を、真っ赤な線が、何本も、何本も、走り出していた。


炎だ。


地を這う炎の筋が、ディートリヒの足元から、放射状に、城壁へ向かって駆けてくる。


一本。三本。十本。二十本。


蛇のように、うねりながら。

草を焼き、土を焦がし、轍の溝を伝い、石の継ぎ目に潜り込み――。


城壁の、根元へ。


「――下がれぇッ!」


ガストンの怒号。


次の瞬間。


ゴガァァァァァァッ――!!


北門が、燃え上がった。


*


炎が、門の木の扉を、下から舐め上げていた。


城壁の根元の石の隙間から、炎が噴き出している。石そのものが燃えているのではない。石と石の継ぎ目を、炎が這い上がってくるのだ。


熱風が、城壁の上まで吹き上げてきた。


髪が、焦げる匂いがした。


「――熱っ……!」


自警団の若い一人が、城壁の縁から飛び退く。


その足元の石の継ぎ目から、細い炎が、ちろりと顔を覗かせた。


(――上まで、来てるのか!?)


「ロゼリア!」


「分かってる!」


ロゼリアが、「霧」の瓶を、炎の噴き出す継ぎ目へ叩きつけた。


パリンッ――ブワッ!


白い霧が、一気に噴き出した。


炎が、じゅうっと音を立てて、霧の中で勢いを失う。


「――効く! 一本ずつなら、殺せる!」


ロゼリアが叫んで、次の瓶を掴む。


だが。


炎の筋は、一本ではなかった。


二十本。三十本。


ディートリヒが一歩踏むたびに、新しい筋が、地を這って走ってくる。


*


(――写せ)


雷夕は、城壁の縁から身を乗り出した。


目を、ディートリヒに向ける。


足元。

地面を踏む、その右足。そこから噴き出す、炎の筋。


固有スキル。

『劣化』の、獲物だ。


(写して、変えろ。火なら――冷気だ。砦で、火を氷に変えたみたいに)


狙いを、定める。


腕輪の留め具が、手首の上で、かすかに熱を帯びた。


「――『劣化』ッ!!」


*


手のひらに、魔力が渦を巻いた。


写し取った。


確かに、写し取った手応えがあった。


雷夕は、手のひらを、城壁の根元へ向けて振り下ろした。


――キィン、と。


澄んだ音がした。


城壁の根元の、炎が噴き出している石の継ぎ目に――白い霜が、走った。


ぴしぴしぴしぴしッ――!


石の表面に、薄い氷の膜が広がっていく。

一つの継ぎ目から、隣の継ぎ目へ。その隣へ。城壁の根元を、端から端まで、白い線が駆け抜けていく。炎の筋が、その膜に触れて、じゅっと音を立てて、細くなる。


(――よし!)


広い。

砦で火を氷に変えた時より、ずっと広い。北の城壁の根元が、ほとんど丸ごと、白く縁取られていた。


だが。


薄かった。


紙一枚ほどの霜だった。

炎の熱に炙られて、見る間に溶けていく。溶けた水が、湯気になって立ち上る。その湯気の向こうで、炎の筋が、何事もなかったように、また勢いを取り戻した。


(――薄い)


砦の時は、壁際を丸ごと、分厚い氷で塞いだ。

今度は、範囲だけがやたらと広がって、厚みが、まるでない。


(なんでだ――)


考える間もなかった。


視界の端が、ぐらりと揺れた。


*


膝から、力が抜けた。


城壁の縁に手をついて、どうにか体を支える。


(――魔力、か)


消費するのは、変質した後の効果の規模。

ロゼリアが、砦でそう言っていた。


城壁の端から端まで、霜を走らせた。

どれだけ薄くても――広さの分だけ、ごっそりと持っていかれたのだ。


厚く狭くでもなく。

薄く広く。


よりによって、一番役に立たない形に化けて、一番高い代金だけを取っていった。


(――ふざけんなよ、劣化……!)


劣化は、いつだって、予測ができない。

化ける形も。その形に払わされる、代金も。


*


「――雷夕ッ!」


ロゼリアの声が、遠くに聞こえた。


顔を上げる。


城壁の上を、炎の筋が、這い上がってきていた。


石の継ぎ目から。階段の隙間から。城壁の上の、篝火の台の脚を伝って。


自警団の若い連中が、悲鳴を上げて逃げ惑う。


一人の足元に、炎の筋が、するりと滑り込んだ。


男の足が、炎に包まれる。


「――ぎゃああああッ!」


ガストンが、そこへ飛び込んだ。


大斧を放り出して、男の体を、両腕で抱え上げる。そのまま、城壁の内側の、水瓶の方へ。


ガストンの太い左腕に、炎が、ちろりと舐めるように燃え移った。


「――おっさんッ!」


「構うな! 水だ、水持ってこいッ!」


ガストンは、男を水瓶の中に頭から突っ込み、自分の燃える左腕も、そのまま水の中へ突っ込んだ。


じゅうううっ、と。

湯気が、もうもうと立ち上った。


*


「――門が、破れるぞッ!」


城壁の下から、誰かが叫んだ。


北門の扉が、燃え落ちかけていた。


樫の分厚い板が、内側から黒く炭化し、ぼろぼろと崩れていく。閂が、熱で歪んで、軋みを上げている。


その向こうで、帝国兵の列が、動き出していた。


槍衾を揃え、盾を構え、一歩、一歩、燃える門へ向かって。


「――城壁を捨てろ!」


ガストンが、水瓶から腕を引き抜いて、怒鳴った。


左腕の袖が、焼け焦げてぼろぼろになっている。その下の皮膚が、赤く、ただれていた。


「門の内側の通りまで下がる! 荷車と樽で、道を塞げ! 急げッ!」


*


城壁の階段を、転がるように駆け下りた。


足が、もつれる。

魔力を持っていかれた体が、言うことを聞かない。


「――掴まれ」


腕を、掴まれた。


リヴァールだった。


雷夕の腕を自分の肩に回して、半ば引きずるように、階段を下りていく。


「……悪い」


「喋るな」


階段を下りきった、その時。


ガッシャアアアンッ――!!


北門が、崩れ落ちた。


燃え尽きた扉の残骸が、火の粉を撒き散らしながら、石畳の上に倒れ込む。


その向こうから、帝国兵が、なだれ込んできた。


*


「――ケイン!」


「承知!」


ケインが、剣を抜いて、門の内側に立ちはだかった。


最初の帝国兵の槍を、剣で払う。払った勢いのまま、踏み込んで、相手の盾の縁を蹴りつける。体勢を崩した兵の肩口へ、剣の柄頭を叩き込む。


ガンッ。


一人、倒れる。


二人目。三人目。


ケインは、門の内側から、一歩も退かなかった。


だが、四人目、五人目が、同時に来た。


その時。


リヴァールが、雷夕の体を、壁際に放り出すように下ろした。


剣を、抜いた。


*


踏み込んだ。


ただ、それだけだった。


剣の速さは、普通だった。

目で追える。特別な技も、魔法の光もない。ただ、真っ直ぐに、横薙ぎに振るわれた一太刀。


その一太刀が、帝国兵の盾に当たった瞬間。


――ドゴォッ!!


盾ごと、兵が吹き飛んだ。


吹き飛んだ兵が、後ろの兵を巻き込み、その後ろの兵を巻き込み、燃え落ちた門の残骸の上に、まとめて折り重なって倒れる。


見えない鉄槌を、もう一つ重ねたような、一撃。


『重撃』。


門の内側に、一瞬、空白ができた。


「――今だ、下がれ!」


リヴァールが、振り返らずに叫んだ。


*


門の内側の、坂の通り。


自警団の連中が、荷車と樽と、家々から運び出した箪笥や寝台を、通りの真ん中に積み上げていた。


その即席の壁の向こうへ、雷夕たちは、転がり込んだ。


最後に、リヴァールとケインが、壁を乗り越えてくる。


「――火矢が来るぞ!」


誰かが叫んだ。


ロゼリアが、木箱から、灰色の厚い布を引っ張り出した。


「これ被って! 燃えにくい布! 数歩分よ、過信しないで!」


自警団の連中が、布を被って、壁の陰に身を伏せる。


その上を、火矢が、ひゅんひゅんと飛び越えていった。


*


――それから、どれだけ経っただろう。


気がつくと、火矢が、止んでいた。


帝国兵の足音が、遠ざかっていく。


雷夕は、壁の陰から、そっと顔を覗かせた。


北門の跡。


燃え落ちた扉の残骸が、まだ燻っている。門の周りの家々の屋根が、三軒、四軒と焼け落ちて、黒い骨組みだけになっていた。石畳の上には、炎の筋が這った跡が、焦げた線になって、何本も何本も残っている。


帝国兵は、門の外まで、退いていた。


その門の外。


燃え残った門の柱の向こうに、ディートリヒ・ヴァイスが、一人で立っていた。


*


「――今日は、ここまでにしておこう」


明るい声が、焼け跡の向こうから響いてきた。


「門は、もう無い。明日になれば、私は、好きな時に、好きなだけ、この町に炎を走らせることができる」


ディートリヒは、煤けた籠手で、燻る門の残骸を、軽く指差した。


「だから、もう一日だけ、あげよう。――明日の日没までに、町の真ん中の館に、帝国の旗を掲げたまえ。それから、イヴァルキアの客人たちを、門の外へ差し出したまえ」


楽しげに、首を傾げる。


「そうしなければ――次は、門ではなく、町を燃やす。カランドで、そうしたようにね」


それだけ言うと、ディートリヒは踵を返した。


軽い足取りで、草地を歩いて、帝国兵の列の中へ戻っていく。


一度も、振り返らなかった。


*


焼け跡に、静けさが戻った。


燻る木の、ぱちぱちという音だけが、残った。


雷夕は、壁にもたれて、ずるずると座り込んだ。


体が、鉛のように重かった。

指一本動かすのにも、水の中で藻掻くような手間がかかる。


(――二日寝込んだ時と、同じ感じだ)


いや、あの時ほどではない。

それでも、今日はもう、劣化は撃てない。


隣に、ガストンが、どさりと腰を下ろした。


焼けただれた左腕に、ロゼリアが、薬を塗った布を巻きつけている。ガストンは、顔を顰めながらも、声一つ上げなかった。


「……おっさん」


「何だ」


「腕」


「大したことねえ。斧は、右で振れる」


ケインと同じことを言う、と思った。


*


「――何人、やられた」


ガストンが、ボリスに聞いた。


ボリスは、膝を抱えたまま、顔を上げなかった。


「……四人、です。城壁の上で。炎に、巻かれて」


ガストンは、何も言わなかった。


ただ、焼け跡の向こう、北の草地を、じっと見つめていた。


雷夕も、同じ方を見た。


黒い鎧の列の向こうに、征用兵たちの姿が見えた。

後ろに下げられたまま、一歩も動かずに。今日の戦いを、ただ、見せられていた者たち。


(――あいつらの町も、こうやって燃えたのか)


焦げた石畳の上に、炎の筋の跡が、何本も、何本も、走っていた。


まるで、地面に刻まれた、爪痕のように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。